煙草と仏蘭西

仏蘭西は煙草の大国であったはずである。
褒められたものではないが、道には今でも煙草の吸殻が溢れている。

煙草は思考のシンボルであると、僕は今でも信じている。
臭い煙を吐きながら、呼吸を整え、思索に耽る。

体に悪いとわかっていても、そうすることで、何らかのスイッチを入れる。

目に見えて感じるのが、最近の仏蘭西の若者たちは、煙草を吸わないことである。
試みに生徒に聞いてみると、50人中2人ぐらいだけが、煙草を吸いますと答える。

紫煙を燻らすこの仏蘭西の文化で、世代が降れば降るほど、喫煙者はマイノリティになっている。

僕は、なんだか、自分が、とんでもない爺さんのような気分になる。

価値観や常識や時代というものは、こうして変わっていくのである。

僕は、煙草が必要悪から完全悪に変わる過渡期の時代の世代である。
この下の世代からは、急激に喫煙者が減る。

価値観や常識や時代は不変不滅ではないのである。

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フランスと切符

キャビンアテンダントの友達が、僕にLINEを寄越した。

「今同僚がパリにいるんだけど、切符の抜き打ち検査で、電子不良で切符を通していないと見做されて、50ユーロの罰金を払わされた。説明しても、切符を携帯やクレジットカードと一緒に入れるなと言われたらしい。」

「これがフランスの洗礼だよ。」

こんなことを話した丁度数時間後、パリリヨン駅の地下鉄の通路で検閲があった。

大きなスーツケースを横に、観光客と思われる金髪の女の子が泣いていた。

何かのっぴきならない事情があるのかもしれないから、泣かすまでのことはないであろう。
そんなことよりも、改札を飛び越えたりするような懲らしめるべき悪党がいる。

ヤクザよりもチンピラ、高級役人よりも小役人。
なして、権力の末端にいる奴ほど、横柄であり、つまらぬ権力を民に振りかざすのであろうか。

フランスの改札のシステムは、大体は、入るときにチケットを通して、それで終わりである。
知らないで途中で切符を捨てたり、乗り越し精算もないから、間違って乗り越して見つかれば万事は休する。

また、しばしば、チケットやIC定期が通されたのに、扉が壊れて開かず、二度は通せないから、改札内に入れなくなることもある。

あるいは、駅の全ての改札が故障していて開け放たれており、乗車券を通せない状態で電車に乗らざるを得なくなることもある。

改札が頻繁に故障し、エスカレーターやエレベーターも動いていれば御の字。機械化しても運用できないなら、労働人口も増やせることだから、改札から何から全部人力社会に戻してくれ。そう常に思っている。

そのため、この中途半端な機械化社会のフランスで、一番外国人が洗礼を浴びるのが、電車の罰金であろう。

僕は、渡仏当初に知らないで乗り越して罰金を払ったことがある。急行電車に乗ってしまい、切符のゾーンを超えたのである。
たまたま隣のボックスシートに乗り合わせた、そうは見えない日仏ハーフの女の人が助けてくれようとしたが、問答無用であった。
そんなことはどうでも良いが、美人だったから連絡先を聞いておくべきであった。

あるお方は、知人からいらないからと譲り受けた切符が小児用で、気付かずに使ってしまい、検閲でそれが発覚して罰金を払わされるという罰ゲームのような展開を僕に話してくれた。
日本の小児用切符のように○に小などという分かりやすい印字はしていないから、実に罰ゲームである。

フランスの小役人は脳無耳無であり、問答は無用であるから、言い訳したって泣いたって無駄で、難癖をつけられたら終わりである。

フランスの皆が鉄道マンを馬鹿にして嫌うのは、こういう人の心なく、罰すべきを罰せず、人の過失に漬け込むような、徴税請負人のような彼らのいやらしい小役人ぶりにこそあるのである。

フランスの鉄道だけは、寸分の狂いなく、完璧に完璧を重ねた完全無欠の用心をして乗らないと、痛い目に合う。

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さようならジャック・シラク

ジャック・シラクはとにかくカッコいいフランス紳士であった。
僕もそんなにフランスの政治家を事細かに知っているわけではないが、議論好きな友人たちとの政治談義でジャック・シラクの話が出ると、決まって「カリスマ性のある政治家だった」というような言葉が聞こえてくる。

同じ白人国家ながら、イラク戦争へ公然と反対したりと、アメリカに対して毅然とした態度をとるような彼のカリスマ性は、アングロサクソンのみならず欧米にフランスありという、フランスの我が道を行く大国らしさが発揮された最後であった。
サルコジもオランドも急激に人気を落とし大統領改選に失敗し長期政権が築けなかったり、マクロンもこの有様だから、シラクは直近の大統領の中で一番強いフランスのリーダーであったことは間違いない。

そして、この強大な権力者が日本贔屓であったために、日本はたくさんの恩恵を享受している。

蓋しフランスというのは、権威主義の国家である。
権力を持つヒエラルキーが上の人間の鶴の一声で、あらゆることが決まる社会である。
逆に言えば、権力を持っていなければ、下からつついても、うんともすんとも物事は動かない。大学でも役所の窓口でも駅の窓口でもどこでもである。

こんな権威主義のフランスであるからこそ、パリ市長からフランス大統領に昇ったジャック・シラクは、パリやフランスの首領という権力者として、その日本愛の赴くままに、在任中様々な日本関連のイベントを打ち外交を展開した。そして、たくさんの日本愛の詰まった歴史を生み出して残してくれた。

これは明らかなる恣意である。彼が日本嫌いであれば何も起きていないし、彼が中国贔屓であれば、中国が優遇されていたに違いない。

首相は別であるが、大統領やパリ市長や東京都知事などという存在は、一極集中の権力を持つから、恣意のままに権力を行使してものごとを動かすことができ、それ故恣意をむき出しにした政治のカラーが生まれる。
例えて、青島幸男東京都知事が世界都市博覧会を東京都議会の開催決議を無視して中止できたり、小池百合子知事が豊洲移転をスタンドプレーでこねくり回せるようなことである。

そのため、こういう恣意でジャック・シラクは、戦後の日仏交流を一気に加速させた。

具体的にどのようなことを彼がしたかと言えば、パリ市長として13区のイタリア広場に建設する大映画館のグランデクラン(現在は映画館兼ショッピングセンター)の建築をフジテレビや東京都庁でおなじみの丹下健三にダイレクトに依頼する。そして、大統領になった際には、彼にレジオンドヌール勲章を贈呈する。1995年にはパリで大相撲の巡業を開催する。そして、1997年をフランスにおける日本年に制定しイベントを打つ。
美術・工芸品の海外流出とも言えなくもないが、ケ・ブランリー美術館とタッグを組んでの、日本の絵画や竹細工の収集。
おまけに隠し資産はスイス銀行ではなく東京相和銀行。

最高の大統領である。

事実、彼が大統領のあいだに、日本とフランスの交易額は倍になっているから、これは様々のジャック・シラクの恣意的な権力のおかげと言える。今に日仏が強固な友好関係にあるのは、確実にジャック・シラクの鶴の一声があり、逆に言えば、彼が親日家でなければ、今の日仏関係はこうはなっていないとも言えるし、フランス人に日本という国のインパクトがここまでは与えられていない筈である。

このようにフランスは権力者の恣意が効くからこそ、サルコジなどは特にそうだが日本に興味がなかったり嫌いな人間が大統領になると、日本関連の予算は削られるし、日仏関係のイベントも国家権力に見てももらえずに停滞し、日本のフランスにおけるプレゼンスが低下することになる。去年のジャポニズムの一年も、シラク大統領であったなら、もっともっとインパクトのあるものになったはずだ。

2選12年もの長きにわたり大統領の座にあったシラク時代に、フランスの日本界隈は優遇されにされてきたから、その反動は冷遇されるかのように大きい。

さて、不思議に思うことがある、調べ上げても、これだけ日本を愛し、フランス史上最大の日本の庇護者・発信者のシラク元大統領閣下には、日本の栄典が見受けられない。

アメリカ人などに実例があり、外国人にも与えうる範囲での最高の勲章である桐花章や、旭日大綬章ぐらいは没後追贈で日本国は差し上げるべきである。

旭日大綬章なぞ、東京大空襲を立案実行した最悪のアメリカ軍人カーチス・ルメイやとんでもない日本の政治家が受賞しているのに、シラク大統領がもらえない道理はない。カーチス・ルメイと同じだと嫌だろうから、桐花章が相応しい。

そのぐらいの日仏関係史に残る伝説の男がジャック・シラクであった。

さようなら、ジャック・シラク。

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日本・西洋、親子のちがい

日本とヨーロッパでは親子関係のあり方が極めて違う。

日本人の感覚をしてわかりやすく言えば、ヨーロッパではファザコン・マザコンが普通だということである。

日本では、親離れ子離れは社会の大人としての嗜みであり、親子がベタベタするということは、ファザコン・マザコン、子離れできない馬鹿親というものを除けばないであろう。

さて、ヨーロッパに暮らすと、フランス人や、イタリア人も、「日本とヨーロッパは遠いし、さぞ寂しいでしょう。親御さんには毎日電話していますか?」というような質問をよくしてくる。

そして、「いいえ」と日本人として当たり前の答えをすると、日本文化を知らない人なら、冷たい親子関係、冷めた家庭、というような驚きの表情をする。

この西洋人の眼をして、冷めきって映る日本の親子関係は今に始まった事ではない。

安土桃山時代に30年も日本で布教活動に励み長崎で亡くなったバテレンの宣教師ルイス・フロイスは、日本人の親子関係がいかに自由奔放で勝手で個人主義的であるかをネガティヴに捉え、こう書き残している。

「ヨーロッパでは、男女とも近親者同士の情愛が非常に深い。日本ではそれが極めて薄く、互いに見知らぬもののように振舞い合う。」
「ヨーロッパの親たちは仕事があれば、息子と直接に交渉する。日本では全て使者または仲介人を通じておこなう。」(ルイスフロイス、ヨーロッパ文化と日本文化)

数は少ないが、今でもフランス人の切支丹は、一家団欒というものを基調とする家族家族家族家族の文化を持つから、皆で夕餉を囲むのが基本で、家族がバラバラに夜に家を空けて街に繰り出し飲み歩いたりすることはない。
また、そもそも、家族が冷えているということだけではなく、酔っ払うこともキリスト教では罪だから、バーとも遠い生活になる。
だから、バーやナイトクラブに繰り出してガブガブ飲むような西洋人は、切支丹ではないことが普通である。ライフスタイルが切支丹とそれ以外では違うのである。

それに比して日本はファミリー的な家族というよりかは、家の文化であろう。
日本人は家族ということに関しては自由奔放でドライだから、家族の絆とか一家団欒ということを日本人が絶対的な価値で目指すべき美しいものと目的化することは、やはり座りが悪い。
日本人は結果的に家族が緩やかに結びつき、割に仲がよかったよねというのが一番しっくりくる。
ベタベタした家族など気色が悪い。
普段はベタベタせずとも、家名を共有し、同じ先祖の子孫として結びつき、家名や墓や財産を継承する家族の在り方である。

そして、日本人が家を巡ってドライな人々であるからこそ、家にまつわるものが骨肉の争いとして表面化した場合は、崩壊と爆発の仕方が生半可なものではない。江戸時代にも、連座制を免れるために「義絶」などと言って、親子や親族関係を公的に切るものがあったが、今も「絶縁」などという弁護士を立てれば限りなくオフィシャルにできる言葉や文化として残っている。

一番有名な肉親たちの抗争はやはり、京で10年も続いた応仁の乱で、これは武家畠山家の家督争いで親子兄弟が血で血を洗う抗争をしたことに、細川家や山名家の室町幕府における勢力争いなどのあらゆる問題が結びついて大規模化した乱である。

もちろん人間の社会であるから、ヨーロッパにも遺産相続の揉め事などで親族が絶縁したり、兄弟仲が修復不可能になることはある。ドイツの名音楽家ワーグナーの子孫が、彼が死しても尚産み続ける莫大な資産を巡って大げんかをしていることは有名な話である。しかし、やはり、彼らは常日頃から、日本人からしたら逆に重たかろうと思えるほどに家族、特に親子の結びつきがべったりとしている。

離れて暮らしていれば、毎日欠かさず親子で電話をする。
親の方が子供の方へ接近してくる。
子供もおじさんおばさんになっても、パパママンとやる。

そういう精神的にも見た目的にも強固な結びつきである。

そして、面白いのが、彼らは関係が悪化した親子関係の中の愚痴を除いて、表向き親や子を褒める文化を持つことである。

日本は逆に、そんなことをすれば品性や慎みに欠けた親馬鹿を公然とする馬鹿親ということになるし、子供がそんなことをしていても、極めて気持ちの悪いことである。
むしろ日本は、「うちの愚息は」などと、身内を良く言わなかったり悪く言う謙遜という独特な文化であり、これは西洋には存在しない。

また、日本には、「お前の母ちゃんでべそ」、という意味のわからない、しかしそこまで人を傷つけているとも思えない悪口がある。

こんなことを西洋人に言ったら、人の母上を毀損したとか何とか言って大変なことになるであろう。

積極的に西洋人は、子なら、「パパは優しくていい人」「ママは優しくて今でも綺麗」などと平気で人に言ったりする。
そして親は、「うちの子は優秀で」「うちの子はハンサムで」「うちの子はいい子で」と、実に人に良く言う。
あるいは、人前で親子がハグをしたり、触ったり、髪を撫でたり、頬を寄せたりという光景も全く珍しいことではない。僕がびっくりすることを具体的に言えば、お父さんが娘の髪に触ったり、お母さんが息子の頬にキスをしたりするということである。

特に友達の家になどに招かれれば、家の中でのこういう光景は普通であるし、「我がいとしの子供よ」「私のいとしのパパ・ママン」などという言葉がけも普通である。

日本人からすれば子が年老いた親の手を曳くとか、孫と祖父母が手を繋いで歩いているなどという孝行のコンテクストの中のボディタッチは美しくこそあれ、親子がいい歳こいて何を触りあっているのかという年齢層の段階においては、やはり気色が悪いことであろう。

逆に言えば、向こうからすれば、日本人はやはり、親愛の情が見えないからこそ、薄情な親子たちに見えるであろう。

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健康診断日本とフランス

フランスには2019年2020年度の新年度がやってきた。
始業式もなければ入学式もないフランスの新年度というのは、新しい年度の始まりを感じさせる明確な知覚を伴う訳ではない。
それでも、大学に新しい顔が一気に増え、教員の入れ替わりがあり、7月8月と続いた夏休みの後に久々の級友との再会に心躍らせる学生たちの笑顔があり、かたや、姿が見えないことから、大学を去ったことが明確になる学生の面々をふと思い出し、新年度が確かに始業したことをゆるやかに感じるのである。

僕はふと日本の新年度の時節を思い出す。

幼稚園は記憶がおぼろげにせよ、小学校、中学校、高校、大学と、新年度には桜が咲き、始業式があり、入学式に向かうであろう人々を街中に見、自分が時にその中の一人となり、そして、健康診断があった。

小学校では校医による検診があり、中高と大学では学校中が検診のための診察室となり、校庭に検診車まで持ち込んだ大掛かりな健康診断が為された。

思えば僕はここ数年健康診断をしていない。

フランスにおいては、大学の新年度に学生向けの一斉健康診断があるわけでもなく、教員向けの健康診断も、我々年季奉公の下っ端には行われない。

フランスでの僕の健康診断はたったの一回、2012年の秋に、初回の学生ビザで入国したことに伴う手続きで、OFII(オフィー)という移民局での健康診断をしただけである。しかしこれは極めて形式的であった。朝早くからパリのバスティーユ近くの健康診断用の庁舎にならび、血液検査も尿検査も検便も心電図もない、極めて町医者の問診的なものとしての健康診断であったから、血液や尿などの値がどうのこうのということに関して、僕の体は、少なくとも7年以上吟味されていないことになる。

だから僕は、体の成分を分析するという近代的な健康管理の為されていない前近代的な自分の体に自我を宿していることになる。
具体的に言えば、僕は今、自分が糖尿病なのかも、小さな癌があるのかも、もともとの低血圧が悪化しているのかも、一切知らない。

そこで僕はふと自分の死について考えた。

死というものは、癌などの疾病により、自分の死の到来が近いことを予測しながら訪れることもあれば、事故死や突然死、自殺という形になることもある。

しかし、この後者3つを除けば、日本は特に、勤め人なら勤め先、退職者なら役所から、ほぼ義務のようにしょっ中健康診断で体の状態をチェックされ、できる限り健康で長寿に、そして、万一病に倒れてもできる限り寿命を伸ばそうとする社会である。

ここまでの健康診断社会ではないフランスで図らずも長く暮らしたことで、僕は、こうした、寿命を伸ばすために、日頃から半ば強制的に管理される日本の健康管理の在り方から意図せずに抜け出した。
そして、自分は、パスタをこねるようにして、まやかしで伸ばしに伸ばした現代的な寿命ではなく、健康診断もしなければ、手術もしないという純粋な寿命を全うしてみたいなとふと思ったのである。
完遂できるかはわからないにせよ。

前近代の日本において「人生五十年」などと言われていたのは、誰もが知るところである。

そして、もし健康診断をせず、手術や病後のストイックなリハビリもしなければ、おそらく現代でもそこまで人間は長生きしないはずである。

体は生きている限り頑丈に元気でありたいから、ジムで体を動かしてはいる。しかし、近代的に健康を数値で管理し、悪いところが出れば手術と薬で対処しながら長生きしたとして、どれだけ頑丈で健脚な人でも、80代半ばが肉体の充実の限度である。

そして、無理に寿命を伸ばそうとするからこそ、現代の日本の老人は、肉体が朽ちていくのに内臓だけがやたらと元気であり、のみならず、今の医学では脳味噌や知力だけはテコ入れできないから、必然的に長生きすればするだけ程度の差こそあれ呆けていく。

一人であちこち歩き回って出かけることは不如意になり、家やせいぜいデイサービスを中心とした生活になる。友達が生きていてもそんなには会えないし、友達はどんどん死んでいく。外界との接触が減るから、話題もなくなり、同じ事ばかり言うようになり、若者から疎まれる。

社会においても、「保険料を浪費しやがって」「医者をコミュニティセンターみたいに使いやがって」「薬ばっか飲みやがって」と邪魔者扱いされ、もの言えば「老害」などと言われる。

この現代の老人の在り方を避けるために、健康診断をしないということは、一つの解になるかもしれない。

もし、健康を数値化して管理せず、肉体だけを動かしておけば、運が悪いと長患いするけれども、前近代の人たちのように割に鮮やかにさっと死ねる確率は上がると思うのである。

目下日本では、当たり前のこととして、小学校ぐらいから毎年健康診断をして、子供の頃から健康を神経質に管理する、日本人らしいと言えば日本人らしいきめ細やかな健康管理社会が成立している。
これからの解放である。

フランスはここまでではないから、多少前近代的であるし、身近にフランス人の老人がいないから知らないが、日本人のように薬漬けで、無理くりに寿命を延ばしに延ばそうと、自分の意思とは無関係に強制されているような感じは受けない。

「花は桜木人は武士」と言う。
しかし、現代の日本人は武士を称揚しながら、かたや、寿命を無理に伸ばす社会であり、その事自体、士道からは相当離れた、しみったれたものであろう。

実に理想は、武士ならば堂々と骨太に真っ正直に、そして桜のようにぱっと散ることにこそあれ。

そのために、健康診断からやめて、健康維持は全て自分の感覚にのみ頼り、食と肉体の鍛錬だけに絞ってみたい。ふと新年度にこう思ったのである。

もちろん日本社会に帰りこれに組み込まれれば、健康診断をしないという事自体、限りなく不可能に近いであろう。そうなったら、データの紙は見ずに捨てて、医者の言うことは無視する。そういう人生のあり方も、ある意味武士的でいいかもしれない。

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グラシ不安心グラシアン

家に帰り料理をする。
ふと足元を見ると、キッチンの下から水があふれている。
スマートフォンで写真を撮り、即大家さんにメールを打つ。
大家さんは明朝に確認に来ると言う。

シンクの下を確認しても、その配管から漏れ出している様子はない。
とりあえず、水に布をかけ、応急処置をする。

翌朝に大家さんが来る。
キッチンの下を覗き見ると、確かに水は出ているのだが、問題の配管が見当たらない。
壁の奥から水が漏れ出しているのか、床の下に配管があれば、そこから吹き出ているのか、我々は知る由もない。

大家さんは馴染みの水道屋さんに電話し、彼が2日後に来ることになった。

2日後に相棒と2人で来た水道屋さんは、即座に、システムキッチンの裏側に這っている配管が原因であろうと推測し、システムキッチンの奥の木の部分を削ることの承諾を大家さんに取り、これを行う。

プロの推測は的中し、流しの配管がシステムキッチンを壁へと這っていく部分の結合部が錆ついて水漏れを起こしていた。そして、これを新しいものへと取り替え、1時間弱で彼らは次の仕事場へと向かった。

実は彼らは3ヶ月前にも拙宅へ来ている。
その際は、玄関の扉の上を這う上水の管の結合部分が腐食し水漏れを起こしたのであった。

数えるに、7年間のフランス在住に4回の水道トラブルである。

1度目は、17区のアパルトマンの最上階の部屋の全ての下水が詰まり、自分でインターネットの検索の最上位に見つけた業者に連絡したら、見積もりにだけ来て何もしないで200ユーロを請求された。
ネットに出ていればくらしあんしんクラシアン的な安心な業者だろうと思ったら、フランスでよくあるぼったくり工事業者であるとのことで、不動産屋にこういう場合はフランスでは大家に連絡して大家経由でやらないとダメだと言うことを教えてもらった。
割高な人生勉強代である。
この時は家で暮らせないので、数日友達の家に世話になったのであった。

2度目は、13区のアパルトマンで、下水は問題なかったが、トイレの上水部分が腐食して、水の流れが止まらなくなり、トイレを丸ごと大交換する大技であった。

なんだかフランスでは便器がゴミ捨て場に捨てられていることがよくあり、さすがフランス人は便器も好きなのかと思っていたのだが、こういう裏があるらしい。

3度目は、3ヶ月前の上水一件。

7年で4回というのは、フランスでは多いような少ないような、水道トラブルである。

フォンテーヌブローの水道屋さんは親切である。
フランスの建築が古い建築に様々の現代設備を後付けしているせいで、仕事が追いつかず、山のような依頼を、彼ら水道屋のおじさんたちは持て余していると言う。

「ところで、僕の家は築何年ぐらいでしょうか。」
こう尋ねた。

家の内覧に来た時、外から見た建築が余りに古く、木の螺旋階段も古いので、とんでもないところに来たなと感じて、階段を上がりながら断ることを決めていた。

しかし、扉を開けると、中は優れてリフォームの施された、完璧に美しいアパルトマンの一室であった。僕はここに暮らしてみようと即決した。
後から大家さんに聞くに、日本人ブランドのおかげで、別に3件の申し込みがあったが、僕に貸すことを決めてくださったという。

ただ、内面は美しくても、外面がオンボロであるように、確かにこのアパルトマンは古い。

水道屋さんは
「1930年代だなこれは。フォンテーヌブローは古い物件ばかりだから。」
そう教えてくれた。

「後付け後付けで、建物が参っちゃってるよ。フランスは。」
そう彼は笑った。

フランスの建築はレトロで美しいものが多い。
イタリアもそうであるし、ヨーロッパなら戦果を逃れた街や、旧市街がよく残された街ならそうであろう。

特にフランスは、天変地異もないとあって、随分と古い建物の上に、我々現代人が現代的な設備をくっつけて暮らしている。

しかし、電気ならまだしも、水を汲みに行っていた時代の建物に、水道管も下水も引くのだから、水回りが著しく弱い。
定期的に結合部分が腐食したりして、水漏れも起きれば、どうにもならない経年の詰まりなどが生じる。

日本はデザイナーズ物件や、味のある古民家リフォームを除けば、味を感じられない現代型のハウスや集合住宅があふれているが、機能は最高である。

フランスでは、水漏れに遭遇しないことなどない。
フランス人は日本で震度3が起こると不安がるが、僕には震度3より派手な水漏れの方が不安である。

グラシ不安心グラシアン。

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フランスに結集する胡散臭い日本人

フランスは胡散臭い日本人の宝庫である。
こんなにも胡散臭い日本人が流れ着く国もなかろう。

拙者、胡散臭さがムンムン漂い候和服のちょび髭親父に遭遇仕りて、「この親爺胡散臭く候」と思ひ候らひし故、即座にパリを中心と致し候フランスにおいて見かける斯くの如き胡散臭い日本人をば、類型化申し候ひて書き留めることを思い付き候。

ホテルリッツを和服で歩いている
「世界最高のホテルたるホテルリッツに来ている我こそは日本人」と言いたくて言いたくて仕方がない阿呆。洋服は全ての日本人にとって自分たちの物ではない借り物であるから平等に日本人をある程度覆い隠すが、和服というものは不思議なもので、着ることによりその日本人の風格、人品というものを露わにする。フランスで自然に和服を着るのではなく、わざわざ日本人であることをアピールするためにここぞとばかりに和服を着る人間は、胡散臭いったらありゃしない。あの回廊のど真ん中で、袴が脱げ、帯がほどければ良い。

日本風を吹かしたがる
自分から「日本日本日本人日本人」と言って回り、聞かれてから初めて答える粋が分からぬ阿呆。「お前だけには日本人を代表されたくない」という奴に限って日本人アピールをする。こんな奴はとっ捕まえて辮髪にしてやるといい。

書道家ぶる
無茶苦茶字が汚いくせにコンテンポラリーアート枠でいけると信じ、掛け軸に汚い字を書きつけ、恥ずかしげもなく結構な値段で販売したりする阿呆。
こういう輩は大体和服でいるから、墨汁が天から降り注げばいい。

茶道家ぶる
千家しか知らないから「千家千家」言い、茶道家の真似事を有料で始める千利休以外知らない阿呆。片桐石見守・石州流、松平不昧公・不昧流、松浦鎮信公・鎮信流、石州連合会、大日本茶道学会などのダークワードを出して、顔が曇ったら偽物。暴力団か宗教かと勘違いして逃げ出す。こういう輩には、濃茶の代わりにエスカルゴの緑のソースでもしこたま飲ませてやりたい。

何故か甚平姿で歩いている
日本の伝統を知らない日本人のくせに伝統の知ったかぶりをしてフランスを闊歩して恥をさらす阿呆。みっともないからそんな家着で外を歩くな。追い剥ぎなりスリに遭うが良い。

現地の日本人のプチ有名人を取り巻いている
芸事などの派手な活動をする人や星付きシェフなど、目立っている現地の日本人を取り巻き、囃し立て、くっついて回り、あたかも自分がプチ有名人に認められたすごい交友関係の持ち主であるかのように自分を吹聴して回る阿呆。テレビ局という言葉に弱く瞬殺で目がハートになる。取材ですと5時間インタビューを受けたにも関わらず、1秒しか使われない罰を受けるが良い。

ワインがやたらと好きですぐに講釈をたれる
自分からワインの知識をひけらかしたり、「このワインはこの料理に合う」などと聞いてもいないのにグダグダ言う阿呆。本当の通は押し付けがましい講釈はたれず、聞かれたらさらっと答えるものである。フランス人と結託して、ロマネコンティの中身をこいつらが嫌いなメルシャンにして、しこたま講釈をフランス人の面前でたれさせるという大恥をかかせてやりたい。

白人にへつらう
白人フランス人に日本を褒められるのが快感で仕方がない阿呆。自分から白人に擦り寄って行って、日本人アピールをしたり日本の文化を勝手に薄っぺらく紹介したりして、褒め言葉を無理やり取りに行く真似もはばからない。そして、褒められるとメルシーを連発する。お人好しな日本人をカモにした詐欺にでも引っかかると良い。

おフランスに住む自分に酔いしれている
おフランスに住む自分こそが世界で一番素敵な人間と信じ込む幸せな阿呆。こう言う人間のするおフランス発信は、得てして人の成功体験が一番あてにならずに人生訓にもならないのと同じで、飾られすぎているから、日本の日本人は真に受けてはならない。おフランスの一部であるニューカレドニアにでも連行されて、そこからおフランスを発信できたら認めてやる。

エスカルゴやカエルをしきりに食いたがる
もはやフランス人も食べなくなりつつあるこういう珍味を通ぶって血眼で探す阿呆。そんなにゲテモノが好きなら、フランス料理の至高、仔牛の脳みそでも食ってみろ。

グルメをひけらかすためにフレンチを食う
「我こそはグルメである」とひけらかすためにフレンチを食う阿呆。本当に美味しいフレンチは、料理の上手なお母さんやおばあちゃんのものであることは知る由もない。大抵この類の人間は味音痴だから、フランス人の行かない店に出没する。ぼったくられるが良い。

日本関連のイベントに顔を出し名刺をぶん撒く
日本関連のイベントに頻りに参加して、謎な名刺をぶん撒いて回る阿呆。例えば、一度学習院大学史料館が開催した辻邦生のパリ展で受付をしていたら、大声でそこかしこの日本人に、「私はフランスの日本人の母なんです。みんな知ってます。」と言いながら名刺を配りまくるダミ声の婆に遭遇し肝を冷やした。ぶん撒くために名刺を擦り、四方八方に名刺を捨てて回るこうした反エコな日本人はたくさんいる。バックに何かいるかもしれないからおちょくるのはやめる。

日本へ帰ると今度はフランス風を吹かす
フランスでは日本人風を吹かし、日本へ帰ると途端にフランス風を吹かす阿呆。
薄っぺらい日本人の「素敵ですね」「かっこいい」「羨ましい」などという言葉を聞くためにこそ日本でフランス風を吹かす。こういう奴には、ぜひ日本の皆さんは「Et alors ? エ アロール? だからどうした?」と、こう返してやってくださいまし。

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壊し屋はすぐそばに

昨夜はフォンテーヌブローの地元の友達と拙宅で飲んだ。

参会者は、警察官の友達とその彼女、アパルトマンの中庭を挟んだ一軒家部分に住むご近所さんと僕、この4人である。

警察官とその彼女は、意味もなくやたらと親日家であり、ご近所さんも高校の時に日本語を選択していた親日家である。

何なのかはよくわからないが、フランスにはこの人もあの人もというように親日家が多い。

野郎の料理で豚丼を喰らいながら、ビールを飲みワインを何本も開け、ウイスキーペリエを飲み、ビリヤードをし、ブラックジョークから世間話まで実に色々な談義に花が咲いた。

ご近所さんはパリ郊外の生まれだが、ロッククライミングを趣味にしており、1年半前にロッククライミングの聖地であるフォンテーヌブローに家を買い、今は2人に部屋を間貸ししながら暮らしている。小柄ながらガタイも良く、普通に女にモテそうな40の男である。

「21時半には出なきゃいけないんだ。」と男は言い、
「何で?」と警察官が聴取する。
「出会い系Tinderで知り合った女に会いにいく。」

我々は、爆笑した。

聞くと、この男は5年弱彼女が見つからないと言う。いい男なのにである。
フォンテーヌブローには近場に航空産業の街があるからこの関係者が多いが、彼もそのくちで航空機材のエンジニアをしており、仕事場には男しかおらず、趣味のロッククライミングサークルにも男しかおらず、女はいても男勝りだそうだ。

「フォンテーヌブローらしくカトリックに入信したら、余裕で信者同士の結婚を前提にしたお付き合いができるよな。」
と僕は言い、
みんなは、
「確かにね。Mariage arrangé(お見合い結婚)ね。」と変に納得した。

カトリックは、結婚以外のカップルのあり方は認めず、離婚も認めず、婚前交渉も閉経後の交渉も認めないから、今のフランスにおいては、カトリック教徒たちの特殊な世界を構築している。自由奔放な現代フランス人の世界の真反対のそれである。
動機は不純だが、結婚したいなら入信するという冗談を僕は言ったつもりであったが、変に納得されると困る。

フランスには草野球のようなサークルがそれぞれの地元に組織されているが、年頃の女の子と出会いたければ、合唱とかバドミントンが良いのではないだろうか。ハードボイルドなスポーツやブリッジ・トランプサークルなど老人くさいサークルは出会いには適さない。

「僕は出会い系はやらないね。絶対いい出会いがないと思う。」
僕がこう言うと、警察官の彼女は、
「前に試したけど、やりたい男ばかりで最悪。」と言い、
「そんなこともないよ。」とご近所さんが返した。

しかし、このご近所さん、出会い系で出会いに成功した試しが一度としてないと言う。
そんなものであろう。
とはいえ、職場にもサークルにも女がいないとなると困りものだ。

「ブスだったら戻ってこいよ!」
21時半に我々は、この飢えた猟師をお見送りした。

1時間ぐらいして、ドアがノックされる。
案の定戻ってきやがった。

「ブスだった。写真と違いすぎる。」

我々は、大笑いした。

そして、街場の行きつけのバーの話になる。
実はその夜、僕はそのバーのオーナーと彼の彼女のマリ岡ファナ子さんも呼ぼうかなと思っていたのだが、何となしに声をかけずにいた。

警察官のカップルと僕は、このバーのカップルと友人であるが、オーナーは気分がすこぶる優れないと言う。
先日一人でそこへ飲みに言った警察官の彼女がその訳を話し始める。

「マリ岡ファナ子に彼女の親友が彼の悪口を常に言って聞かせて、彼女はそれを信じ切って、それで別れを告げて、修復は不可能で、彼は彼女に惚れていたから打ちひしがれて、」

こういう話を女にさせれば、女というものは講談師のように淀みなくすらすらと情報を入れてくれる。

「うわ。あいつだろ、入れ知恵したの。」
僕はそのカップルの破壊工作に動いた女をすぐに察知し、こう返答した。
「そうなの、あの女がデタラメをマリ岡ファナ子に吹聴して、ファナ子はそれを信じ切って、バカなの、私は彼氏の方の友達だから、あの元カノとは友達じゃないけど、しかも、あの女はもともと彼氏の方の大親友で付き合ってから彼女に紹介したことから二人が親友になって、いつも一緒にいるようになって、」
「嫉妬だね。」
「そう。嫉妬。バカだわ、そんな話を信じるなんて。」

こうしてフォンテーヌブローの夏明けの最新情報は更新された。

嫉妬は人間を堕落させる最大の敵である。

あの女には僕も少し嫌な感じがしていた。何だかあのカップルといつも一緒にいて、二人の糸で悪魔の懸垂をしているような雰囲気が実際に出ていたのである。

フランス人の界隈で、この嫉妬に狂った輩の破壊工作の話を聞くのは、僕にとって二度目である。
一度目のものは、留学中に大阪の女と結婚寸前にまでいったのに、その男の親友のフランス人がこの女が好きで嫉妬に狂い、この女に「あいつは浮気をしている。」とデタラメを吹聴して破談させたもの。
それから10年経っても、彼は今だに独身。

そして今回のマリ岡ファナ子の話。
ファナ子だって30いくつなんだから、家族を作る適齢期なのに。

訳の分からない壊し屋の話なんか信じちゃいけない。
カップルなんて、毎日彼や彼女が何をしているか、そのアリバイを一番わかりそうなものなのに、親友というポジションの人間からまっとうそうに話をされると、コロッと騙されてしまう。

本当の親友なら、友の恋の成就を支えるべきで、そこに真価が問われる。

しかし、ジェダイであったはずのアナキンスカイウォーカーがいきなりダースベイダーになるように、嫉妬が親友を壊し屋にすることがある。

カップルが別れるのは、理由の如何を問わずセラヴィな運命であるが、ダースベイダーは罪作りなものだ。

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不自由がもたらす近現代の終わり

不自由なフランス

先日、フランスの大御所歌手、Michel Sardou(ミシェル・サルドゥ)が「現代(のフランス)を憎む」と表明した。

「何もかもが嫌いだ。自由が一切ない。70年代80年代は違った。」
そう彼は言う。

「haïr」という動詞は極めて強い憎悪を表すものだから、普通は使わず、「嫌い」程度なら「ne pas aimer (don’t like)」、「めちゃくちゃ嫌い」と言いたいなら「détester」を普通使う。そのため、人との会話の中でも、haïrが使われることはほぼない。

この往年のスターは、日本で言えば晩年の津川雅彦のように、右派芸能人のドンであって、発言をすれば叩かれ、彼を嫌う人も多ければ、よくぞ言ってくれたと思っている支持者も多い。

そして、彼がこんなに強い口調をしてまで、「現代のフランスが憎い」と言ったのは、その不自由さにこそある。

私もこの21世紀のフランス社会に7年も身を置かせていただき、実に居心地の悪さ、不自由さを、日々の生活や言論の中に感じている。メトロや電車で爆音で音楽をかけたり、タバコやマリファナを車内で吸い出す者がいても、誰も注意できる時代ではない。
社会の諸問題に関する議論は、決して表ではできない。解決策には結びつかない偽善的なこと以外は言ってはならない空気があり、そのため、皆口を閉ざし心の中に社会への不満を鬱積させる。
それ故、残念なことに、ネットの世界に極端な怒りを持つ人間が匿名で溢れかえる。

私にとってはこの折角のフランスへの永きに渡る遊学は修行でもあり、存在したかはわからないが、自由で伸び伸びとした古き良きフランスのかけらもない、この21世紀フランスの独特の息苦しさの中で、何とか新鮮な空気を取り込める窓はないものか、思索する日々でもある。

この大御所歌手だけではなく、少し前までのフランスを知っている30代以上ぐらいのフランス人なら、多くの人が昔のフランスは違ったと言う。

私とて戦前の永井荷風先生・九鬼周造先生の時代や、戦後の辻邦生先生の時代にフランスに来ていたなら、こんなにフランスを批判的に悪く言うこともないであろうし、彼らの著作を見るにつけ、「いい時代を謳歌されているな」と、羨ましく思ったりもする。

学習院の70過ぎの40年選手の古株のパリの先輩はかつて私に、「昔は、パリの人は動きも穏やかで、みんな挨拶を交わし、時の流れも緩やかで」と、かつての古き良きパリを懐かしんで語ってくださった。
だから、きっとほんの少し前までは、フランスは社会の底から素敵な国だったのであろう。

嗚呼、革命以来自由を最大価値として重んじているフランスにあって、そして議論に長けた人々であるフランス人の社会をして、今のこの不自由さは何なのだ、あまりにらしくないこのフランスの現状には、フランスに育てていただいている外人たる日本人として心が痛い。

そして、フランスの最大友好国日本も、まさしくフランスと同じ歩みをしており、自由はない。

日本でもフランスでも、言論の自由は失われ、陽のあたる健康的な表の世界がシャットダウンし、匿名的で無責任で陰湿で不健康な裏の闇の世界が社会のメインストリームを創り上げる世界へと転換を果たそうとするこの場面に身を置けば、いよいよ産業革命以来の機械化社会が一応の発展の限界をみせるのと同時に、フランス革命がもたらした近現代の思想や理念の主である平等や自由は死に、近代以後の世界が終わると感じる。
次の展望はなかなか見えないが、近現代が虫の息であることは、鈍感な私でもわかる。

しかし、自由や平等を標榜した近代以降の世界をこんなにも不自由で、身分社会時代以上の不平等をもたらし、人々を苦しめたことに際して、政治家やメディア・言論人・学者の責任は重い。

政治家は功利主義に走り、メディア・言論人・学者は反論者にレッテル貼りをして潰すことで反対意見を封じ、自己批判はせず、気づけば革新的であるはずの自分たちが体制派と化す。こうした、政治・言論・学問世界の成れの果てのお粗末な堕落が、こうして、図らずも近現代を殺すのである。

そして、目下フランス社会の不自由な言論の最大テーマは移民問題である。

表では議論されないこの問題も、欧州議会議員選挙の蓋を開ければ、移民排斥主義の極右とされる政党が勝利するように、不自由なテーマであるが故に、正しくこの問題に対処する議論を深められないままに、未熟な状態で人々の不満と憎悪を増幅させてしまっている。

今回はこのフランスのタブー中のタブーである移民問題を一例に、フランスに生きる異人たる私の眼差しで、フランスの断末魔の不自由を考えてみたいと思う。

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苦き午後

2019年9月19日13:02のフォンテーヌブロー発パリリヨン駅行きの列車に乗る予定である。

駅前の小さく可愛らしいロータリーにバスが着き、駅舎に入る。

アブのようなサングラスをかけた、白人の年増女が僕めがけてパンをかじりながら、英語で話しかけた。

「あなたのクレジットカードで、パリ行きのチケット買ってくれない?現金で返すから。」

普通僕はこういう申し出には応じない。何故なら詐欺であるからである。

生憎、フォンテーヌブローの自動発券機は、現金はコインしか受け付けない。そして、昼休み中の窓口は閉まっている。

彼女は財布から、20ユーロを出したから、僕は仕方ないと思い、8.85ユーロのチケットに対する釣りがないことを断り、彼女は売店で両替するからと僕に重ねて断り、故に僕はチケットを買う。

女は売店へ向かい、両替を願うが、列車が入線する。今日の売店の白人おばさんは、いつも態度の悪い人であり明らかな外人嫌いでもあり、「ないわよ」と、両替の不可を示す。

僕は返金してもらうことを諦め、電車に乗るからとチケットを渡した。

物足りないのは、彼女から礼の一言や、恭しいジェスチャーの一つもない事である。それどころか彼女はパンをかじりながら、別のドアへと向かっていった。

そういうギリギリの状況でグレーゾーンの怒るまでもない小さな詐欺を働く女なのか、本当に返金する気があったのか、僕は知る由もない。

しかし、人間に必要なのは礼儀であろう。

僕は、こんなことで面と向かって彼女に返金をせがんだり、賤しく見える振る舞いはしたくないから、その女の乗る車両とは別の車両に乗った。

もし、「ありがとう」の一言があれば、1000円ぐらい惜しくはない。しかし、このような人間に対して、結果的に捨てることになった金は、気持ちの良いものではない。

列車が途中駅のムーランに着く。

僕の隣にはキャリーバッグを持った黒人のおばさんが、前にはジプシーの若きカップルが乗ってきた。

間も無く車掌による改札がある。

前のジプシーの男は、車掌の面前で小馬鹿にした態度を取り始め、いびきをかいて寝たふりをし、車掌に注意される。

隣のおばさんが、navigoというsuicaのようなカードを出す。

車掌は「8月からチャージされてないよ」と言い、50ユーロの罰金を求めた。

「お金ないわ」と彼女が返したから、車掌は身分証の提示を求め、慣れたように機械でicの個人情報を照会し罰金の手続きを始めた。

彼女は少し恥じらいがあるのか、「何で車内でチャージできないの?」などと車掌に言う。

次はジプシーのカップルの番である。

分かっている筈なのに、彼らはフランス語を頑として話さず、車掌は身分証がないことなどは分かっているとでも言うように、手慣れた様子で、紙に名前と住所、生まれた国を書くように命じ、彼らは舐め腐った態度で殴り書く。

そして車掌はそれを預かり、形式的に罰金の通告書を発行する。

至極僕が残念に思うのが、彼らの口から「ごめんなさい」の一つも無かった事である。

彼ら移民がフランス社会で差別され、経済的も困窮していることは誰もが知っている。

だからもし、開き直ったり見苦しい体を見せず、心から「ごめんなさい」が言えたら、車掌だってきっと許してくれる。

彼らの態度に車掌がイラついているのは誰の目にも明らかで、機械操作に手間取った時に「putain (bitch)」と小声で発した、その最上級の汚い言葉は虚しく響いた。

金があろうとあるまいと、どんな人種であろうと、ほんの一言でいい。

「ありがとう」「ごめんなさい」、こう我々が他人を尊重できれば、きっとフランス社会の息苦しさは軽減される。

みんな、フランスを尊重しようではないか。

誰かフランス人のモラリストが出てきてくれないものかと、僕は悶々としながら大学へ向かう。

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