コロナの中のふらんす (3) ロックダウンにみる日本人とフランス人

3月14日、土曜、20時前、フィリップ首相が生活に不要な公共空間の零時からの封鎖を宣言。
3月16日、月曜、20時丁度、マクロン大統領が翌日正午からのロックダウンを宣言。

14日の首相の宣言で、バーもレストランも閉鎖され、移動も制限されるという事実が知れ渡ると、我々の脳裏には武漢とイタリアの例が既にある訳であり、その宣言が今後ある程度の期間において何を意味するのか理解した。

パリや近郊のアパルトマン暮らしで、実家やセカンドハウスや祖父母の家が田舎にある人は、仕事でどうしてもパリを離れられない訳でもなければ、せっせと荷造りをし、15日16日の間に旅立って行った。

都市のメリットというものは、展覧会やライブなどのイベントに事欠かないこと。仕事がたくさんあること。飲食店が選り取り見取なこと。人との交流が活発なことにある。

逆にデメリットは、家が狭いこと。空気が汚いこと。物価が高いこと。田舎の地場の食べ物より生鮮食品の品質が落ちることなどにある。

もはや、ロックダウンされるならば、都市は都市の全メリットを失い、都市にいる必要はなく、田舎のある人間はこの強制的バカンスを都市で過ごす訳には尚更いかないと、脱出していったのだ。
勿論田舎は、コロナが蔓延する都市からそそくさと来る人を歓迎した訳ではない。

月曜には、今夜大統領の発表が20時からあると、どこからともなく風聞が入り、テレビのある人間はテレビを、パソコンのある人間はYouTubeを、ラジオのある人間はラジオを点けてそれに備えた。
当然、皆が予知したように、正式にロックダウンになるお触れが出た。

そこから、ひたすらな退屈が始まる。

インターネットとスーパーマーケット以外の空間における人との関わりを絶った強制的世捨て人として蟄居するだけの日々である。
外出は最短距離のスーパーへの必需品の買い出しと、自宅から1km以内の散歩に限られている。
外は日中だというのに真夜中のように静まりかえり、スーパーに行っても人は息を潜め1mのソーシャルディスタンスを取り、速やかに家に帰る。
気分転換に道草を食って警察や憲兵に見つかれば、絞られるか、数万円の罰金である。

それでも、何か理由をつけて外に出たい気持ちになる。
そうでもしないと、運動不足にもなるし、家の中の淀んだ空気を吸い続けるはめになる。

あるニュースでは、コカコーラを買うためだけにスーパーに行ったおばさんが、憲兵に呼び止められ、コーラのみは不用品の買い物だから、次やったら毎回135ユーロの罰金だと叱られている。

https://www.sudinfo.be/id175441/article/2020-03-23/vous-prevoyez-une-gastro-ou-quoi-un-policier-fait-la-lecon-une-cliente-qui-sort

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