さようならジャック・シラク

ジャック・シラクはとにかくカッコいいフランス紳士であった。
僕もそんなにフランスの政治家を事細かに知っているわけではないが、議論好きな友人たちとの政治談義でジャック・シラクの話が出ると、決まって「カリスマ性のある政治家だった」というような言葉が聞こえてくる。

同じ白人国家ながら、イラク戦争へ公然と反対したりと、アメリカに対して毅然とした態度をとるような彼のカリスマ性は、アングロサクソンのみならず欧米にフランスありという、フランスの我が道を行く大国らしさが発揮された最後であった。
サルコジもオランドも急激に人気を落とし大統領改選に失敗し長期政権が築けなかったり、マクロンもこの有様だから、シラクは直近の大統領の中で一番強いフランスのリーダーであったことは間違いない。

そして、この強大な権力者が日本贔屓であったために、日本はたくさんの恩恵を享受している。

蓋しフランスというのは、権威主義の国家である。
権力を持つヒエラルキーが上の人間の鶴の一声で、あらゆることが決まる社会である。
逆に言えば、権力を持っていなければ、下からつついても、うんともすんとも物事は動かない。大学でも役所の窓口でも駅の窓口でもどこでもである。

こんな権威主義のフランスであるからこそ、パリ市長からフランス大統領に昇ったジャック・シラクは、パリやフランスの首領という権力者として、その日本愛の赴くままに、在任中様々な日本関連のイベントを打ち外交を展開した。そして、たくさんの日本愛の詰まった歴史を生み出して残してくれた。

これは明らかなる恣意である。彼が日本嫌いであれば何も起きていないし、彼が中国贔屓であれば、中国が優遇されていたに違いない。

首相は別であるが、大統領やパリ市長や東京都知事などという存在は、一極集中の権力を持つから、恣意のままに権力を行使してものごとを動かすことができ、それ故恣意をむき出しにした政治のカラーが生まれる。
例えて、青島幸男東京都知事が世界都市博覧会を東京都議会の開催決議を無視して中止できたり、小池百合子知事が豊洲移転をスタンドプレーでこねくり回せるようなことである。

そのため、こういう恣意でジャック・シラクは、戦後の日仏交流を一気に加速させた。

具体的にどのようなことを彼がしたかと言えば、パリ市長として13区のイタリア広場に建設する大映画館のグランデクラン(現在は映画館兼ショッピングセンター)の建築をフジテレビや東京都庁でおなじみの丹下健三にダイレクトに依頼する。そして、大統領になった際には、彼にレジオンドヌール勲章を贈呈する。1995年にはパリで大相撲の巡業を開催する。そして、1997年をフランスにおける日本年に制定しイベントを打つ。
美術・工芸品の海外流出とも言えなくもないが、ケ・ブランリー美術館とタッグを組んでの、日本の絵画や竹細工の収集。
おまけに隠し資産はスイス銀行ではなく東京相和銀行。

最高の大統領である。

事実、彼が大統領のあいだに、日本とフランスの交易額は倍になっているから、これは様々のジャック・シラクの恣意的な権力のおかげと言える。今に日仏が強固な友好関係にあるのは、確実にジャック・シラクの鶴の一声があり、逆に言えば、彼が親日家でなければ、今の日仏関係はこうはなっていないとも言えるし、フランス人に日本という国のインパクトがここまでは与えられていない筈である。

このようにフランスは権力者の恣意が効くからこそ、サルコジなどは特にそうだが日本に興味がなかったり嫌いな人間が大統領になると、日本関連の予算は削られるし、日仏関係のイベントも国家権力に見てももらえずに停滞し、日本のフランスにおけるプレゼンスが低下することになる。去年のジャポニズムの一年も、シラク大統領であったなら、もっともっとインパクトのあるものになったはずだ。

2選12年もの長きにわたり大統領の座にあったシラク時代に、フランスの日本界隈は優遇されにされてきたから、その反動は冷遇されるかのように大きい。

さて、不思議に思うことがある、調べ上げても、これだけ日本を愛し、フランス史上最大の日本の庇護者・発信者のシラク元大統領閣下には、日本の栄典が見受けられない。

アメリカ人などに実例があり、外国人にも与えうる範囲での最高の勲章である桐花章や、旭日大綬章ぐらいは没後追贈で日本国は差し上げるべきである。

旭日大綬章なぞ、東京大空襲を立案実行した最悪のアメリカ軍人カーチス・ルメイやとんでもない日本の政治家が受賞しているのに、シラク大統領がもらえない道理はない。カーチス・ルメイと同じだと嫌だろうから、桐花章が相応しい。

そのぐらいの日仏関係史に残る伝説の男がジャック・シラクであった。

さようなら、ジャック・シラク。

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