さらばパリ(2)〜地獄の引越。しかし友情。これがセ・ラ・フランス〜

事情を知った大家が最寄り駅まで車で迎えに来てくれるということで、実に親切な方である。

ただ、その車中、フォンテーヌブローは世界遺産の街なんだよなということを思い知らされる。

てんやわんやで疲れ切った、パリのリヨン駅から40分の道中。列車の席は8人掛けぐらいの半個室。大きくて快適な車両だなと思い、私が先に座り、席に着く時にBonjourと挨拶してくれて、本を読みだした若い白人女性と、もう一人のこれもまた白人女性と3人になって、発車時刻の間際がきた。

「しーしゃんふぉあちー、つーらー、ちーしゃーまー」みたいな例の大声をあげる集団が乗車してきた。

「うわ。絶対くんな。」と思っていたら僕と目が合ってしまい、みんな僕の半個室に座った。

最悪の日曜日である。

フランスに住むと感じることであるが、アジア人はアジア人に接近したがる習性がある。

僕はあんまり人に接近したくはなく、公共の場で人に近寄らなくてはいけない場合は、極力良い雰囲気の人を嗅ぎ分けてそっちに行こうとするから、まず、アジア人であるからという理由では近寄らない。

でも、アジア人がアジア人の方へ、白人が白人の方へ、黒人が黒人の方へ、アラブ人がアラブ人の方へ、知らない人たち同士なのに、集まっていく習性があることは公共の場で見ていればわかる。

すなわち道を同じ人種に聞きたがるとか、列車の席で近くに座ってくるとかである。

よりによってこんな日に、支那人の若者観光客連中に囲まれて40分も電車に乗るとはツイていない。

席を動くのも、日曜日午前の下りの大型列車で、どこも満席に近いからそんなに容易なことではない。

道中ずっと不必要なまでに大きい声でがなる漢語トーク。

昼前なので、お国から持ち込んだと思われる謎の随分と臭うパウチ食品を食べ出し、閉口する以外にない。

読書中の女性もそれどころではないのか、僕と目を合わせうんざりのアイコンタクト。

珍しいまでに、とてつもなくツイていない一日であった。

ちなみに、フォンテーヌブローの最寄駅から中心街と王家の離宮に行くには、10分程度バスに乗らなくてはならない。

そのバス停の案内などにはしっかりと漢語で案内が出ている。

美人姐さんとこの街に初めて来た時も、日本人なんか見なかったのに、しっかりと彼らは見た。

日曜日の午前中にフォンテーヌブロー行きの下り列車にパリから乗ることは僕は普通はないからいいが、休日にはこういう清らかな古き良きフランスの街への小旅行の道すがら、中華帝国の皆々様の熱烈歓迎を受け、フランス感が台無しになることもあるのだ。

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2 Responses to さらばパリ(2)〜地獄の引越。しかし友情。これがセ・ラ・フランス〜

  1. H.Megumi のコメント:

    フランス式洗礼を受け乍らのお引っ越し、お疲れ様でした。
    何処に居ても何が有っても、信頼出来る友の存在は、何物にも変え難い宝物ですね。
    新しい場所での新生活、楽しんで下さい。
    <幸せな結末>UPも楽しみにしております。

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