フランス人と友情

フランス人はフランスパンのような人々である。

外は固く、中はもっちり。
もし、外を上手に噛めたなら、あとは濃厚なふかふかの暖かい心で包んでくれる。
そうならない限り、フランス人は、精神的に、固く、無骨で、つっけんどんで、嫌味ったらしい。

あるいは、フランス人は卵子のような人々である。

よほどのことでない限りは、人を自分の中には入れないが、一度入れたら完全無欠の友情の結合をしてくれる。
そして、卵子だから、誰彼をも自分の領域に気安く受け入れてくれる訳ではない。用心深い人たちなのである。

フランス人のこの良い面を知るには、フランス人の現地の人間とある程度のスパンをかけて関わらなくてはならない。
飲み屋やチーズ屋やワイン屋などの行きつけの店、本当の友人、こういうものを開拓せねばならない。

例えば、僕の家の下には、シャンパン専門店がある。
ここの親爺リオネルは、スキンヘッドでフランス人にしちゃお洒落な高身長版白人六平直政みないな、一瞬怖く冷たく無骨な雰囲気を漂わせている。
しかし、僕が近所の人間であり、日本人であり、とこうわかると、極めて親切になる。
寄れば、タダで一杯出してくれて、道ですれ違えば握手。
一本20ユーロのブランデーをタダでくれたこともある。

リオネルはシャンパーニュの出のシャンプノワ(シャンパーニュ人)だから、シュッとした冷たいシャンパンボトルを開けて飲んでみたら、めちゃくちゃ柔らかい味で美味しい。こういう人柄をしている。

僕の家の奥のメゾネット一軒家の部分に住むギョームは、大人しくて、優しい感じはするが、見た感じからクスッと根暗なフランス人の典型で、イタリア人のようにニコニコと「元気か?」と来るタイプではない。
しかし、何回もすれ違って、僕が日本人であることがわかり、友好的な隣人であると判断されると、ようやくそこで「一杯いくか。」となる。

パリあたりは、北部のガリア人だから、ゲラゲラ爆笑して冗談にまみれるということはなく、議論と皮肉で話すことになるから、議論してクスクス笑うという感じになる。

万一、ちびまる子ちゃんの3年4組がインターナショナルスクールなら、藤木くん、永沢君、野口さんは確実にフランス人である。
花輪くん、大野くん、城ヶ崎さん、笹山さんがイタリア人で、たまちゃんや丸尾くんは日本人ということになる。

そして、フランス人の友情は極めて固い。
その代わり、裏切り行為など決定的なことがあって、これが破壊された場合、一生許さないような深い憎しみをもたらすほどの強い友情である。

だから、フランス人は広く浅く友達付合いをするとか、気軽にサクッとどんな人とでも飲みに行くことはしない。

気を許して、初めて仲良くなって、それで友達になれたら、かたい絆に想いをよせて語り尽くせぬ、と来るわけである。しかしフランス人は原則的に音痴なので、長渕のようには歌えない。

そして、一度気に入られたらフランス人は放っておいてくれない。

フランス人は根暗で繊細だから、人の孤独を放っておくことはせず、常に友人達で寄り合う寄合の文化を持つ。
そのため、友達のグループは強靭な要塞だが、いつも少数の同じメンバーで、新陳代謝はそんなにない。即ち、ニューカマーが来るとか、喧嘩別れをして誰かが消えていくとか、そういうことはない。

だから、フランスに暮らす上では、友達の小グループに入れてもらえるかが非常に大切になる。

ただ、フランスは同時に人種や宗教、社会階層により規定され分断されたコミュニティ社会である。
僕の場合は、残念ながら、ほぼほぼ友達は白人しかいない。
カトリックでもないから、カトリック教会のネットワークに生きている訳でもない。
大学あたりをうろうろしていると、どうしても白人としか知り合わない。

黒人の家に招かれて、黒人達とアフリカ飯でも食いながら、踊ってみたいとも思うが、黒人とも出会わなければ、アラブ人とも出会わない。イスラム教の理由や経済的理由で移民街は別として、彼らはバーなどにも来ない。
行動パターンと住む世界が違いすぎて黒人やアラブ人移民とは接点がないのである。

こうして、人種、宗教、社会階層に分断されたフランス社会で、日本人がフランス人と友達になって入り込んでいく先は、だいたい白人の中流以上の人々のネットワークということになってしまう。

そして、本当のフランスを知りたいと思えば、親日なら良いが、日本フェチの人の輪や、フランスにおける日本人の輪には組入らない方が良い。

僕は、アニメをあまり見ないことや、好きな漫画やアニメも、笑うせえルスマン、浦安鉄筋家族、稲中卓球部などフランス人が全く知らないものを言うので、「本当の日本人なの?」と日本フェチのフランス人に馬鹿にされることがある。
僕のことを「本当の日本人?」などと言っている時点でナンセンス至極。

日本フェチの人々はアニメ漫画のことしか頭になく、日本人と言ったらヴィジュアル系かアキバのイメージで、他の話はしないし、友人関係でも恋愛でも付き合いたいのは日本人のみで、常に日本人を探している。日本人としか関わらない。

日本人はフランスに来た時のあのフランスの冷たさやフランス人のつっけんどんな性格にやられ、孤独にやられ、普通のフランス人達との交友関係を切り開いて行く前に、日本フェチに引っかかることがある。

また、日本人であると言う理由で、日本人とばかりつるむ人もいる。

ここで、フランスにこれから来られる日本人の方に、少し老爺心で言っておきたいのが、良さも悪さも含め本当のフランスを、良いフランス人の友達を作りながら知って行くために、「本当にこの人と、日本にいたなら友達になるのか?」という当たり前の感覚と体の反応を一つ忘れないで欲しい、ということである。

日本で日本フェチの気持ちの悪い外人につきまとわれて、カフェ行っちゃうの?
嫌だなこいつと思っているのに、日本人という理由だけで、日本だったら一緒にいるの?

この判断である。

僕は日本でもフランスでも尊敬できる方や、気の合う人としか交際しない。そして、この人嫌だなと思った瞬間に切る。

フランス人の取捨選択の鮮やかさは、相撲のはたき込みが立合い1秒以内に決まった時のように鮮やかであり、好きな人としか一緒にいない上に、無理してまで友達付合いをしないという良さがあるから、これは精神的に楽である。

僕がフランスの好きなところは、僕のように勝手なことを言って、勝手なことをして、気ままにいるという、家の男たちにもともとある、ボヘーム気質を存分に謳歌できるところにある。

そうすると、精子のように、勝手に泳いでどこへ行くかわからない自由人は、ある意味フランスには馴染むし、自由なフランス人が併せ持つ、卵子のような性質に、真逆だからこそフィットしてしまうこともある。合えば宜しい合わねば結構という、自由の中の自由な取捨選択である。

そして、フランス人は根暗なくせに意外と人に対する好奇心があるから、自由に泳いでいると、動き回るものに反応して追いかけてくる犬のように、向こうから来る。
フランス人は雌犬、犬種はパグ。パグの卵子。

とにかく、自分が嘘偽りなく本当に好きなフランス人と友達になれたら最高である。

ただし、僕は精子型の人間なので、やっぱり心から合って、愛する異国はイタリアである。
それはそうですよ。野口さんより城ヶ崎さんの方がいいし。
イタリアの女性はイカが好きですから。

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