カトリーヌ・ドゥヌーヴに見るフランス人らしさ

まず、女史は日本と世界において、人々にフランス人の女性像を植え付けることに成功しただけでなく、芸能人生の中で、フランス人女性の夢と希望を背負ってきた。

一つ目の夢として、ブロンドがある。

世界中の人は女史をブロンドの女性と思っているが、女史はもともと、栗色の髪の毛で、18歳・19歳の時からブロンドに染めている
これは、ブロンドに対する、屈折したフランス人の憧れを表している。

フランスには、北欧東欧ではないので、ほとんどブロンドの人はいない。しかし、稀に地毛がブロンドの人がいて、この人たちは、ものすごく、自分がブロンドであって希少で美しいと自負している。
また、子供の頃はブロンドだったのに、だんだん色が濃くなって黒髪になったであるとか、直毛だったのにカールするようになったなど、西洋人は成長とともに、髪の色や質が変化することが多いので、ブロンドを地毛で維持し続けている人への憧れも強い。

「子供の頃はブロンドでした」という昔はブロンドなのよ自慢を儚い口調でするフランス人はよくいる。

それに、憧れが強いゆえに、これは憎しみに代わり、非ブロンドのフランス人女性は、ブロンドが嫌いで、常に「ブロンド女はバカだ」というお決まりの罵り方をする。
でもって、ブロンド女は内心から溢れ出る形でこれを誇っている。

女史は、フランス語で普通に「Fausse blonde フォース ブロンド」と言う偽ブロンドであり、髪を今に至るまで染め続けて、フランス人女性のブロンドへの憎しみのこもった憧れを体現し続けている。

二つ目は貴族への憧れである。

「Deneuve ドゥヌーヴ」なる苗字もなんとなしにフランス貴族の匂いがする。

フランス人の苗字は、平民的苗字、貴族的苗字、ブルターニュ人っぽい苗字、あるいはイスラムやら華僑やらユダヤやら移民とすぐわかる苗字などいろいろな匂いが付着している。
ブルターニュ人はLe(ル)やLa(ラ)などの英語のTheにあたる定冠詞が付くことが多く、貴族はOfにあたるDe(ドゥ)が付くことが多く、平民はシンプルに短い苗字が多い。

Deneuveなんて上品の香りがするが、彼女の本当の苗字は、Dorléacであり、舞台女優の母親がDeneuve姓であって、母方の実家は馬具屋だから貴族ではない。
ただし、DorléacよりもはるかにDeneuveの方が雰囲気は出るから、女史が芸名にこの苗字をチョイスしたのも、その為もあるのではないだろうか。DeをNeuveと分離させた方がより貴族っぽいが。

日本にも徳川夢声とか松平健とか、いかにもな武家の苗字を名乗る芸能人もいるから同じことなのかもしれないが、普通のフランス人たちはとにかくブロンドやら、貴族的なものへの憧れが強いから、女史はそういうフランス人の憧れを凝縮したアイコンなのである。

しかし、離婚したり男を取っ替え引っ替えしたりと、カトリック的伝統に歯向かって生きたり、社会に対する歯に衣着せぬ発言や、常陸宮殿下の御前で女優オーラを爆発させたりする、女史の生き方や振る舞いを見れば、こういうことは、フランス貴族は現代でも絶対にしないことだから、女史はつまり、憧れの体現と実際の現代的行動という二つを併せ持つ、フランス一般女性のいい典型例なのだ。

そして、日本人は、これにまんまと「フランス人はブロンド!」「美人!」「貴族的!」「強い女!」とコロッと騙されて、それ一辺倒のイメージで一杯になってしまう。

逆に悲しい哉、「フランス人は非ブロンド!」「美人?」「平民的!」「強がる!」などと疑うことは日本では絶対になされない。

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