コロナの中のふらんす (1)パンデミック前夜

(目下起っているフランスのコロナ封鎖の中に在りて、自分が感じることを書き留めておきたい。2012年の秋に渡仏してから、フランスでの生活はまさしくフィナーレに差し掛かった。花火大会で云えばしだれ柳の頃であるが、最後の最後でこうなるとは想像もつかなかった。思い返せば、二度のテロ、黄色いベスト、コロナによる封鎖というフランスの歴史的な出来事の中に身を置いたことになる。)

2019年の末に武漢に発したとみられるコロナウイルスは、2020年の1月には武漢の都市封鎖という形で世界の注目を集めた。

その時の個人的な感覚は、以前のSARSのように、中国国内での流行で、じきに終息するであろうというものであった。

SARSの流行は、僕にとっては、高校の先輩方の中国修学旅行が中止になったのを気の毒に思った程度で、経済は別として、日本に健康的な実害はなかったから、その再来のような気でいた。

また、フランス人たちの目からすれば、少なくとも2月あたりまでは、中国本土、朝鮮半島から日本、あるいはせいぜいペルシャあたりの遠くの出来事であり、当時はもっぱら「中国人よ移してくれるな」という社会的な空気が醸成されていたに過ぎない。華僑や中国人が大挙して祝う春節のイベントが中止されたから、まだ、コロナは中国人たちのものという印象であった。

一方日本のメディアは、国際ニュースにおいて、「中国でのコロナ蔓延に伴い、ヨーロッパでアジア人が差別されている」ということばかりを報じているように見受けられた。

メディアが差別差別と論じれば論じるほど、「コロナのせいで、中国人やアジア人が色眼鏡で見られ、時に暴力・暴言を受ける」というように、差別問題は極めて単純化されてしまう。

コロナと差別に関して言えば、単純に、コロナのせいで差別が始まるという訳ではなく、コロナは差別をする理由の一つとして追加されるということである。もともとフランス人やフランスの移民たちの中にある中国蔑視が、コロナウイルスという差別を表面化させる一つの理由を得たに過ぎないのである。

フランスに住めばアジア人が差別的な意味合いにおいて「Chinois シノワ(中国人)」と言われることはままあるが、コロナウイルスのせいで「コロナ!」と言われたり露骨に嫌な顔をされるアジア人が増え、その中には中国人と思われた日本人も含まれるから、メディアはこの部分だけを切り取って騒いだのである。

日本人にも、白人を見たら全員アメリカ人に仕立て上げて「ハロー」「センキュー」とやる癖があるように、欧米人からしたらアジア人は全員中国人で「ニーハオ」「シェーシェー」なのである。

慣れれば、北欧系・東欧系・地中海系・ゲルマン系・フランス人というように、白人の顔もなんとなく見分けがついてくるし、黒人もエチオピア辺りの人なのか、カリブの黒人なのか薄々勘付き出すが、それは白人たちにとっても同じで、慣れた人は漢朝鮮大和の三民族の顔を見分けるが、普通それをしろというのは酷である。

僕もその頃2回ほど、コロナにまつわる暴言を受けた。

一つ目は、ジムに行くために、オペラ座の近くにある百貨店ギャラリーラファイエットのそばを歩いていた時に、連れ立って歩くブルジョワ体の白人老夫婦の老婆から「Monsieur Microbe ムッシュバイ菌」と言われた。この時は、バイキンマン的なこの語呂の絶妙さに内心笑ってしまった。

ギャラリーラファイエットは、今や中国人観光客が観光バスで押し寄せる爆買いのメッカであり、免税館の前は中国かと見紛う程である。

この発言を吟味すれば、保守的な白人の一部には、移民嫌いが当然いて、移民のせいでフランス人の仕事が奪われ、フランスの社会保障が食い荒らされ、フランスの伝統文化が毀損され、国体がめちゃんこになるという風に考えている人もいるし、中国人観光客に目くじらをたてる人間も多いから、爆買いのメッカという場所柄もありすれ違った僕に嫌味の一つも言いたくなったのであろう。

逆に考えてみても、もし白人発や黒人発の病気が世界に蔓延すれば、日本でも知性の低い人間が、その人種の人間にすれ違いざまに何か言うことはあるだろうし、表面上何かをしないまでも条件反射的に怖いと思って避けたりはするであろう。そういうことはその人間のレベル次第で残念ながら起きてしまうことだと思われた。

二つ目は、フォンテーヌブローで行きつけのバーに飲みに行った帰りの道すがらである。タバコを吸いつつ歩いていると、近郊の移民街から町場へ飲みに来たであろう黒人のグループの女からタバコをねだられて一本やった。この際に黒人の男が笑いながら何度も「コロナウイルス」と僕にくり返し、この女がたしなめたというものである。

これに関して吟味する。

無論僕にも黒人やアラブ人の友達はおり、移民の中にも社会の高位にくみしたり、品の良い人間もいるから100%の論を構築することはできないが、黒人・アラブ人・華僑というフランスの移民の三大グループは、なれたとして下層労働者とならざるを得ない黒人やアラブ人、比して商人の力をして中華世界を構築しフランスでやっていけている華僑というように概要できる。そしてこれら三つはそれぞれの人種共同体に閉鎖し他を嫌う。

アジア人は小柄で屈強ではないから攻撃性はなく、「金持ちけんかせず」ということもあり、黒人やアラブ人に差別発言をしながら向かって行ったりすることはほぼ見受けられない。対して黒人やアラブ人がアジア人に危害を加えたり、刃向かわないのをいいことに派手な侮辱を加えることはザラであるから、そういう底辺の人間の嫉妬や心の膿の部分がそうした鬱憤ばらし的な行動を起こさせている、という哀しいよくある出来事の一つに過ぎない。

このように、2020年初頭のフランスにおいては、中国人がウイルスをばら撒くから、「中国人は来ないで、近寄らないで」という雰囲気があり、低俗な人間が道でアジア人を見るや否や中国人とみなし、公然と嫌な顔をしたり、暴言を吐く場合もあるという、不寛容や差別が条件反射のウイルスに対する怖さに混じって現れるというコロナ情勢が見受けられた。

そして、社会生活は通常運転。コロナの蔓延が中国で始まり、徐々に広がりを見せていることは知ってはいても、対岸の火事であり、ジムのサウナの話では、「サウナの熱でコロナウイルスなんか死んでしまう。」「コロナビールが風評被害を受けているらしい。」そんなことを人々は言い合い、バーではみんなコロナの話をしつつも、我関せずと酒を飲んでいた。

そんな、呑気な日々であった。

カテゴリー: 社会批評 パーマリンク

コメントを残す