デンマーク人のために駅員になった私

2019年7月9日午前零時15分。
零時46分の終電に乗る為に、僕はパリのリヨン駅にいた。

今宵は、日本から呑兵衛の先輩がパリに見え、当たり前にしっかり呑んで、気分良く駅にいた。

電光掲示板の終電の時刻はなぜか10分遅れて零時56分を指している。まあ少々遅延したかと思ってコーヒーを飲むことにした。
愚かなりし僕は、呑んで列車内でうたた寝することがままあり、コーヒーは飲んでおいた方がいい。

時間もあることであるし、地下鉄の連絡通路から、コーヒーをゆっくり飲めるホール3に行こうと決め、そこへ着き、自販機でカフェオレを買って椅子に座る。

「Do you speak English ?」と言いながら白人の外人風なる中年男が中年女とともに僕に近づいてくる。
「Little bit.」と僕は返す。

男はフランス語しか並ばない電光掲示板を指差しながら、「我々の列車が何番ホームからでるのかわからない。なんでだ。」と訝しがる。
「入線ホームは15分前じゃないと決まらない。」僕はそう答えた。

「というより、なぜ誰一人として案内の駅員がいないんだ。僕たちは観光客でまったく何もかも状況がつかめず困っている。トイレも表示されたところに行ったのに閉まっているし、息子三人は先ほど駅の外で立ちションせざるを得なかった。デンマークじゃあり得ない。」
男はつらつらと寿限無のように英語を重ねた。

「ここはフランス。 日本でもあり得ない。」と僕は返した。

「フランス人は英語が本当に出来ないね。デンマーク人は英語できるよ。」
男はフランス初上陸の感想を、このようにダメ押しした。

聞けば、家族で、今日から二日間フォンテーヌブローの手前のムーラン駅から徒歩15分にあるというキャンプ場で過ごしてから南仏へ下るという。

零時30分を過ぎ、私がホール1へ行こうと促す。
しかし、ホール3と1を繋ぐ通路が閉鎖されている。
僕はリヨン駅は勝手知りたる駅なので、地階のホール2に降りて、そこからホール1を通らずに直接ホームへ行こうと彼らを導く。

再度ホール2の電光掲示板を確認する。
まだ入線のホームは示されないままだ。

残りは10分。
とりあえずホームに出てホーム経由でホール1に行こうとして階段を上がる。

上には掃除夫がいた。
「Melun方面の列車、どれかお分かりですか?」
こう僕が聞くと、
「パリから夜行バスだ。駅の正面玄関口へ出ろ。」

そう言われ、我々は驚きながらもホームを玄関口めがけ歩いていく。
ホームの端に着いた途端、警官たちが我々を制止する。
「なぜか?」
と聞けば、
「不審物が見つかったから閉鎖する。とにかくホール2へ降りろ。」

デンマーク人家族は、そのてんやわんやなことに、果たして終電或いは振替バスに乗れるのか、不安な色を隠さず、呆れ返っている。

僕は「ここはフランス。」と言う。

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