即席フランス人講座。これであなたもフランス人。

フランス語がわからなくとも、フランスにいなくとも、フランス気分を味わいたいなら、フランス人のように振る舞いたいなら、フランス映画を見ればいい。

日本の通ぶる映画通が難しい顔をして賞賛しそうな、あの動きの乏しいフランス映画である。

すると、フランス映画がアメリカ映画の真逆に位置することがわかる。
ダイナミズムのなさ。淡々とした日常生活の模写。
こう考えると、小津安二郎の東京物語がフランスで絶大なる評価を受け、ジブリの中でも珍しく赤字作品であるとなりの山田くんが、Mes voisins les Yamada(近所の山田家)という仏題で、フランスで人気なのも頷ける

歴史学をしても、アナール学派なる、フランス人がいかにも好きそうなる(私は嫌いだが)、権力者でもなければ、歴史上の人物でもない、名もなき昔の人々の生を掘り起こして時代なるを考える歴史学なるを生んだのがフランスなる国家である。

僕もこのアナール学派の第五世代を自称しているが、どうでもいいことを見つめ、どうでもいいことを展開させるのがフランス人という人種である。

今回はどうしたらフランス人になれるのか、振る舞い方を、日本の紳士淑女の皆々様へお教えしたい。

常に不平を口にせよ
Les français ne sont jamais contents. (レ フランセ ヌソン ジャメ コントン。フランス人は決して満足することはない。)
これは、フランス人を的確に表す、よく使われる表現である。
フランス人は政治や仕事の待遇などに関して、決して満足することはない。
そして、とにかく、あらゆることにネチネチと文句をつける。
粘着質な文句たれ蔵になればフランス人らしくなる。

笑う時はクスクスと
爆笑したりせずクスクス笑うフランス人。議論しながらニヤニヤ笑うという高度なテクニックに達すれば、これであなたもフランス人。

ペシミストたれ
フランス人は決して物事を楽天的に見ない。
常に未来のことは、Je ne sais pas. (ジュヌセパ 短縮してシェパ  わからない。) On verra.  ( オンヴェラ まあわかるさ。)と言いながら、受け身かつ消極的に捉えている。
人が人にBonne Chance ! (ボンシャンス グッドラック)とは言うが、フランス人の口から、「きっと俺はやれる!」「俺はやってみせる!」などという言葉を聞いたことはない。
「できると良いけど。」という淡い願望か、「もしダメなら」と悲観的で決して楽観的ではないのがフランス人である。

メルシーボクとは言ってもジュテームボクとは言わない
メルシーに感謝の意を追加すべく、Merci beaucoup やMerci mille fois (メルシーミルフォア 千回ありがとう)と言うことはある。しかし、Je t’aime beaucoup.と言えば、Je t’aime.より格下になるから、恋人には言わない。また、軽々しくJe t’aime.と言うこともない。その代わり、友人としてや人として「あの人好き」と言う時にはbeaucoupをつける。

どうでもいいことを延々と語れ
僕はさっぱりとした東男であるから、どうでもいいことを延々と語るのは好きではないし、つまらないと思うことを話したり聞いたりするのは嫌いである。しかし、どうでもいいことを延々と語るのが世界で一番好きなのがフランス人である。
例えば、フルーティーで軽い赤ワインがあるとする。
大和男は「うまい!」この一言で宜しい。
フランス人は、「フルーティーで軽やかで花のような薫りがして…」と延々と講釈を垂れる。
こうした時、僕は、内心、「もういいよお前の意見は。飲もうぜ。」と思うが、各自通ぶって勝手な見解を言い続けるのがフランス人である。

自分と異なる思想や階級の人間を罵れ
フランス人は僻みっぽく、常に自己と他者を比較し、人の自分と違う部分を嫌う。
左翼は右翼をレイシストの人でなしと罵り、右翼は左翼を偽善者とそしる。
労働者は資本家や金持ちを憎み、平民は貴族を僻み、ブルジョワを毛嫌いする。
貴族は平民を卑下し、資本家やブルジョワは貧乏人を笑う。
カトリックは非カトリックを野蛮人と思い、非カトリックはカトリックを憎悪する。
そうして、議論で自分と違う人間に対する悪口の限りを尽くすのがフランス人。

フンを愛せ
フランス人ほどフンの好きな民族はいない。人間界のフンコロガシである。
犬のフンは決して拾わず、道は犬のフンで溢れれば、ビデやウォシュレットも嫌う。挙げ句の果てには自然派Vin nature(ヴァンナチュール)の赤ワインは馬糞の臭いがすると言って、これを飲む時に「馬糞だ!」と目を輝かせて飲む。そして、朝は決まってイタリア人よりもイタリア発のチョコ風クリームのヌテラをパンに塗る。最近はクレープにもヌテラを塗る。
フランス国籍を取得する際には、「この移民希望者はフンが好きかどうか?」とウソ発見器にかけて、好きであることが証明されないと審査に合格できないと言う。

知行不合一をせよ
絶対に言っていることとやっていることを一致させてはならない。
私はエコロジストと言いながら、タバコをポイ捨てし、平等と言いながら、自分の属する社会階級に固執する。
フランス人は言動不一致の曲者であり、意地でも知行合一をしない。

女は口説くな
イタリア男がするような情熱的な愛の御託を並べてフランス女を口説いてはならない。
フランス映画の珠玉、男と女のように、とりとめもないことを話しながら徐々に距離を詰めていかなくてはならない。イタリア映画の真逆を実践するのである。
対人関係でもフランス人は、イタリア人のように最初から距離をなくし、寛大に人を受け入れることはしない。会って話すことを繰り返し、気が合うと判断したらようやくそこで人を受け入れる。
僕は備前長船則光、あるいは直江志津のような刀型の単刀直入な大和男なので、フランス式対人スタイルは性にあわない。

よくよく考えても適当に会話に会話を重ねる中で親しくなった女とはうまくいき、珍しく一度だけ僕が熱を上げた落とすべきフランス女にはフラれたから、フランス女性を落としたければ熱く行かずに、ただ、根暗な哲学者でいなくてはならない。
シャバーダシャバダバダシャバダバダの音楽はそれからしていかにもフランスの男女的である。

ちなみにイタリアの情熱はこうである。

女は泣け
メトロや列車で何度一人しくしくと泣く女を見たことであろうか。
フランス女は世界一の強がりであるくせに、いや、それ故に、か弱いのである。
家の中でももちろんフランス女はしばししくしくと泣く。
そう、根暗なフランス人は根暗に泣くから、慟哭するようなことはまずない。

自己主張の鬼であれ
フランス人ほど自分の意見ばかりを主張し、人の話を聞かない民族もいない。
フランス人は口を開けば、Moi, je… (モワジュ 私は) Je pense…, (ジュパンス 我思うに) A mon avis (アモナヴィ 私の意見では)と、延々と自己主張する。
僕は面倒なので、フランス人との議論はOui ouiとウィーウィー連呼して聞き流すが、彼らはウィーウィー肯定されているとウィーウィー感じて、さらに一人語りを続ける。
ここで、Oui ではなく、Ah bon?(アボン?え、そう? )と口にしたり、微妙な顔をしたり、こちらがJe ne suis pas d’accord. (ジュヌスィパダコール 僕は賛成しないね。)などと言えば、相手の自己主張熱の火に油を注ぎ、拍車をかけるだけだから、左様でございますかの意味でOui oui言っておく方が楽なのである。

権利という言葉で全てを片付けろ
Vous avez le droit. (ヴザヴェルドロワ 貴方には権利がある。)Vous n’avez pas le droit.(ヴナヴェパルドロワ 貴方には権利がない。)と権利の所持不保持を人に言ったり、J’ai le droit de…(ジェルドロワドゥ…)などと、自分には何々をする権利があるなどと主張したりすることを世界一愛するフランス人。
こんなに権利権利言う人間も珍しい。
「貴方は大学構内に入る権利はない。」「図書館を使う権利がない。」
「ビザを更新する権利がある。」「タバコを吸う権利がある。」
権利と付くと、フランス人が心底嫌うドイツ人よりもお堅い人種に見えてくるから不思議である。

無愛想であれ
あまり最初からニコニコと人に接したりせず、人に隙を見せてはならない。
フランス人は原則的に他者は不審者あるいは敵であるとみなすから、仲良くもない人間に対してそんなにニコニコとはしないのである。
我こそは天下の哲学者であると言うような神経質な顔をして表を歩くべし。

ケチであれ
フランス人は計算が苦手で、釣銭を間違えたり、簡単な暗算もできない。
かく言う僕も算数が嫌いで、大雑把な勘定で生きている。
しかし、フランス人はお勘定は決まって割り勘で、その時ばかりは神経質に計算をし始める。
そして、細かいサンチーム(セント)まで弾き出す。
僕はこういうしみったれ根性は嫌いなので、大和男として豪快に目分量で出すことにしているが、こういう人間はフランスでは損をする。

以上がフランス人らしく振舞う秘訣である。

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