フランスと人種差別

人間というものは、自分は他の誰でもなく自分であるというアイデンティティーをして、必然的に他者を差別する生き物である。
そして、自分が差別をしたり、差別をされないで済む仲間を探してその仲間たちと共同体を作る傾向が強い。

ただし、こういう差別というものが、ポジティヴなのかネガティヴなのか、至極真っ当なのか、下劣なのか、という意味合いや色合いの違いこそが問題である。

人が持つアイデンティティーは、生まれという言葉に凝縮され、その生まれとは、親や先祖といった自分が生まれながらに背負う血筋や家の歴史、あるいは、人種や民族、性別、生まれた時の社会階層といった自分の所属するカテゴリーから構成される。
このアイデンティティーから人は考え始め、思想信条や行動形態を形作る。

さて、無論日本の中にも差別があれば、世界のどんな国においても差別はあると思われる。
少なくともフランスやヨーロッパの何国かを見るにおいて、西洋にも差別は存在し、フランスは多民族国家なので日本以上に差別社会であり、故に差別には敏感である。

日本人はこと世界を見る際に、「日本人は差別されるのか否か?」ということを気にするが、これはつまり、対白人への目線から、自分たちが被差別なのか否かを気にしているということである。
それが、時折「フランスで日本人は差別されるのか?」などという話題が、日本の巷を騒がせる要因であろう。

今回は、フランス社会が内包する人種差別と日本人という特殊有色人種の立ち位置に関連して、いくつかの観点から申し述べたい。

1. 白人・アジア人と日本人

人種を白人・黒人・アラブ人・アジア人などと大雑把にくくった時、やはり、国境や法の概念にせよ、貿易などの金融世界にせよ、今の世界のスタンダードは全て白人が築き上げたものである。
その過程には、大航海時代に端を発する、白人国家の植民地時代、黒人奴隷の時代があり、武力で世界を屈服させて白人が今の世界を築いた事実は否定できない。
だから、白人たちは力尽くで世界において優位を勝ち取ったことを誇っているし、有色人種よりも自分たちが優越していると思う気持ちが、表立っては言わなくとも内心には確実にある。

それは、特に、人類学や外国学などの学問における、白人の非西洋世界への眼差しを見ていればよく見て取れる。

ただし、何も白人は内心で自分たちの優位を誇っているだけではなく、白人内にも格差と差別が内包されている。

アメリカでイタリア移民が差別されるというように、フランスにおいては、西洋諸民族の間にも格差があり、イタリア、スペイン、ポルトガル、ギリシャなどの西南欧諸国や中東欧諸国は、貧困のためにフランスに労働移民を輩出してきた国であり、こういう移民は白人であっても、飲食店の店員や良くて食堂の経営、ポルトガル移民だとパリ一帯においてはアパートの管理人やタクシーの運転手、金持ちの家庭のメイドなど、所属する社会階層が低いから、白人の中では地位が低い。

東欧はまさしく東欧美女の愛人稼業や売春婦のイメージで、事実、パリ中央のChâtelet(シャトレ)から北へ伸びるRue Saint-Denis(サンドゥニ通り)に並ぶ立ちんぼは、みんな東欧と言われている。
また、男たちもとび職の人が多く、白人労働者である。

職業に貴賤なしといえば、エリートも大企業の勤め人も小役人も教師もブルーカラーも売春婦も平等であると言うべきであるが、実際は眼差しの上にもそうではなく、所属する社会階層が違えば、着る服装も違うし、考え方も政治思想も異なってしまう事実がある。

また、イタリア系スペイン系は、そこまで社会階層が低いわけではなく、大学に行く人も多く、ブルーカラーが多い印象はないが、ポルトガルや中東欧の移民は見ていて社会の上流には与していない。

次いで、有色人種においては、Sinisation(スィニザスィオン 中国化)とフランス語で言うように、まず、華僑が最強である。
彼らは、中国内の地域と血縁の共同体を既に持っており、誰かが風穴を開けて移民してくると、マフィアともども怒涛のように押し寄せ、自分たちの共同体を新天地であれよあれよと言う間に築き上げる。
目下フランスではカフェとタバコ屋を中国化する勢いである。
彼らは、フランスに国籍を変えながらも、フランスには決して同化せず、中華ネットワークのみに生きるので、表立っては誰も言わないが、フランス人からは嫌がられている。

「Anti-Chinois」と検索をかければ、記事でも論文でもサイトでも山のように出てくる。

中華憎悪の原因には、一般的に犬のフンを片付けず、タバコを平気でポイ捨てするフランス人とは違った不潔さで、痰を吐くとか、空間における独特のうるささ、あるいは華僑の共同体を築くことへの怖さなど、彼らがフランス国籍になろうともどこへ行っても漢民族の流儀を崩さない事があげられる。

そのため主だって、目下フランスで、Anti-Asiatique (アンティアジアティック)というアジア憎悪を一手に担っているのが中国人である。

この差別検証動画を見ると、漢民族を対象としたアジア人の差別がフランスに存在することが万人にわかる。
また、フランス語で中国人のことを「Chinois シノワ」と言うが、シノワという言葉には何もひねらずに、英語で言うところの「チャイナマン」、日本語で言うところの「ちゃんころ」という憎悪が内包されており、フランスで公共の場で、悪意を持ってアジア人が「シノワ」「ニイハオ」「ピンポン」などという声がけがなされる場合があり、これは中国憎悪に他ならない。

私も経験がある。

動画である。まず、ベトナム戦争やポルポトの虐殺で、旧仏領印度支那のベトナム人やカンボジア人も、ボートピープルとしてフランスへ移民している。そのため、ベルヴィルという中華街でインタビューを受けているこの動画の最初の人が、カンボジア移民のフランス人として、「アジア人差別は明白にあり、まず、我々は中国人として扱われる」と始めるところが、フランスにおける中国アジア憎悪を上手に表している。
日本人以上に彼らは中国人に似ているので、カンボジア人やベトナム人は中国人扱いされることが多いが、そういう時彼らは「一緒にするな」と激怒する。

そして、「アジア人差別ってどんなことですか?」と聞かれた彼は、言葉の差別で「顔がレモン」「茶碗(我々には感覚がわからない)」「お前のちんこちっちゃい」と言われるとか、韓国の「オッパカンナムスタイル」を踊られて、彼らにとっては茶化しかもしれないが、十二分に傷つくと言っている。
そして、これはレイシズムであると彼の中で結論づけている。

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