「フランスは好き?」「日本は好き?」というよくある質問

このように勝手に好きだと言われる分にはいいが、「好きですか」と聞いて「好き」と言わせる誘導尋問はやはり無粋である。国家か人間かの違いなだけで、連れ合いに「俺のこと好き?」と聞くダサさに等しい。しかし、日本人もフランス人もこれが好きであり、これは双方の民族性をして愛国心が強い人が多いからそのようになるのかもしれないが、感心しない。

本当に自信があるならば、そんなことを聞く必要もなければ、向こうが何か言ってきたら反応してやればいいだけの話だ。嫌われようが好かれようがこちらは我が道を行けばいいのだから、構わないのが一番良い。
具体的に言えば、ここフランスでは、バーなんかで誰かと会って「どこから来たの?」と問われ「日本。」と返せば、すぐにフランス人は日本を褒め出すからそれに任せておけば良い。

僕は日本の伝統主義者で愛国者だからこそ、今は日本人の多くが自国の本当の良さや、日本の歴史や文化の粋も髄も知らない人が多すぎて残念だと思うことが多く、西洋化の行き着いた先の日本の現代社会を嫌っているから、薄っぺらく褒められることはどうでも良いと思っており、だいたい日本愛を語られても「ふーん。」や「あ、そうですか。」(双方Ah Bonで済む。)と聞き流す。特に「ゲイシャ・モンフジ」などと言われれば気分を害するし、親切心をして僕を喜ばせようと思って言ってくれている人は、この塩対応に不満を感じるに違いない。
これが、少し通なフランス人で江戸時代やらなにやらと始まったなら、そこで初めて僕は心を動かす。

そして、質問されることがわりかし好きな僕がフランス人にされる質問で唯一嫌いなのが「フランスは好きですか?」「フランスに居続けたいですか?」という質問である。なぜならご期待に沿う答えを出来ないからである。

近しい人には「現代フランスは嫌いだ。」「居続けたいとは思わない。」と次の句に言ってからそれを説明できるが、事実として一応フランスには大変にお世話になっているのだから、誤解を生まないためにも、初対面の人に対しては、そんなことを言って無礼になったり喧嘩を売っているようになるのは避けたい。
だから初対面の人間にこういう愚問をされた時は、「日本を知るためには外国に出る必要があると考え、日本学の盛んなフランスに来ました。その面では非常に満足です。」とまず答え、「フランス人はありがたいことに僕へは親切ですが、フランスもいろいろありますね。」などと答えれば大体質問者も僕がフランスを好きではないことを察して、当人からフランスの社会批判なんかを始め、論議の幕が開ける。
フランス人は現代フランスに対し辛辣にものを見ているだけに自己批判は上手である。

ただし、例外的にごくごくごくごくごくごくごくごく稀に存在するフランス美女にそれを問われた場合のみ、私は「フランス超好き!」「最高!」と言う。それは男のサガである。ただし「Super!シュペール」とか「C’est top ! セ、トップ」という極めて軽々しい返答だから、やはり本当に愛しているわけではない匂いが香るかもしれない。

しかしこの愚問は相手が諸手を挙げてその国のことを好きな場合には有効である。
僕がイタリア人に「イタリア好きですか?」と聞かれたら、間髪入れず腹の底から情感を込めパヴァロッティよりいい声で「Adoro l’Italia」と言うわけだから、こういう素直な愛を持っている場合には何も問題はない。イタリアには何回も行っているが、貧困で仕事がないことを知っていても尚好きである。これは純粋に感性の問題である。
しかし、原則的には嘘を嫌う僕をしてフランス人に「フランスは好きですか?」と聞かれた時に、「好きです。」とは絶対に言えないので、「日本を考える上でのフランスや、フランスの日本学は素晴らしくその存在には感謝しているが、フランスは好きではない。」ということを上手に伝えなくてはならない。

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