エスターテ 〜2019年、イタリアの夏の残影〜

トリエステに8月の2週間、そして、12日から26日までの日取りで滞在したことは幸福であった。

波のないアドリア海に浸かり、この時でなくては出逢えなかった人々と出逢い、未来へ繋がる友情を深め、いきつけの店も何軒か出来、トリエステの風に吹かれ、この街に魂から馴染んだ。

地図を眺めて偶然に決めたこの旅の選択と時期は、何ひとつ間違っていなかった。

酒場の親爺さん。カフェの店員。随分と顔馴染になった。
客の僕に良くしてくれた。一見だとしても、物珍しい日本人の僕へ尽くしてくれた。

僕はイタリアの行くところ行くところでこうして好遇して頂いており、イタリアへの愛は暑苦しいほどに漲っており、イタリア国歌Fratelli d’Italia (イタリアの兄弟たち)の男兄弟は僕であると、自己紹介に必ず、「Sono fratello d’Italia (イタリアの男兄弟)」であると付け加えている。

この旅の終盤にも、また、様々の忘れ得ぬドラマが僕に用意され、お膳立ては、やはり、来て早々に友となったダヴィデとフェデリカによって為された。
なんだか我々は気脈が通じる。
友情を深めるにつれ、イタリアやヨーロッパの食品と飲料の輸出入の会社をスイスで経営しているこの二人が、愛する日本にアクセスしたがっていることを知った僕は少し協力した。
そして、彼らは僕がイタリアに来れるように、協力は何でも惜しまないと言う。

彼らはイタリア人であることを誇る愛国者の親日家で、僕は日本人であることを誇る愛国者の親伊家であるから、誠に、パズルのピースが気持ちよくはまるような友情である。

彼らのような人にこそ、日伊の物品の交換と心の交流の双方、即ち、心の通った日伊交流の担い手になって頂きたいし、確実にそうなる人たちであると僕は確信している。

23日の夜、彼らはダヴィデのご両親と姉夫妻との飲みへ僕を誘ってくれ、一杯やったが、素晴らしいご家族であった。
懐が深いとはこのことであるというように、壁のないあったかい人々なのである。
何の話をしたのか忘れるぐらい、自然な会話が繰り広げられた。
バーは丘の中腹にあり、ここへは途中まで何もない狭い小道で行かなくてはならないから、地元民でないと行かない場所である。
イタリアのワインと地廻りワインとイタリアンビール。申し分ない。

翌日は、僕は行きつけにするGrand Malabarへ行ったが、またしてもばったりダヴィデとフェデリカと出くわした。
彼らは、来月結婚を控えるフェデリカのお兄さんと彼の婚約者と共に一杯やっていた。
結局僕はそこへ混ぜてもらったが、この来たる新婚さん夫婦は、僕のことを既に知っており、奇遇にも僕と出逢えたことを喜んでくれた。
ディエゴとソリデア。彼らは、ダヴィデとフェデリカの強い勧めによりハネムーンの行き先を日本に決め、来月日本に行くのである。
9月の中旬、京都と東京へ滞在すると言う。

日本を愛する妹たちが兄たちを日本へと誘う。
ネットでも何でもない血の口コミ程良質な口コミはない。
彼らは神戸牛を食べるだの、日本へ行くのを待ちきれないようで、色々と僕に質問をしてきた。
ディエゴはトリエステに本社があるillyコーヒーの社員。ソリデアは香水屋勤め。
彼らも素敵な人たちである。

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2019年9月に左の二人を日本で見たらAuguri(アウグーリ おめでとう)と言ってあげて下さい

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