不自由がもたらす近現代の終わり

タブーによりフランスから終わる近現代

フランスは革命により世界に近代を告げた。
フランス革命の目玉である、フランス人権宣言に基づく自由や平等は、理念としては美しいものであったはずだ。しかし、革命から二百有余年を経て、平等からは程遠い現代フランス社会があり、主に言論の自由はなくなったと見て良い。

そして、これは、最大のタブーと化した人種問題や社会格差を孕む移民問題でもたらされた。

法治国家を謳うフランスにありては、不法行為が公然となっている移民問題は誰もが知っているわけであるから、解決に向けてこれを正しく批判し、人間としては対等であるはずの移民や彼らの苦しみに対する暖かな眼差しを捨てずに、移民も巻き込んで、皆で議論しなくてはならないはずである。

しかし、この問題を提起して考えようとした瞬間に、人はレイシスト、ナチス、ファシストの誹りを受ける現状があり、皆社会的立場の保全のために、この問題に関しては口を閉ざしている。

一部の政治家や事実を伝えるという意味で新聞などのメディアはこれを報じるが、それは公の場における例外であり、ここから、衆庶の間で公然とした議論がなされるわけではない。

皆が、この問題を心の裡にしまい、移民問題は家族や気のおけない友人としか話さないテーマ、すなわちタブーと化し、この息苦しさや不自由さと相まって、匿名のネットの世界が知らない人同士での議論の主戦場となる。

これは健全な公論とは程遠いもので、すこぶる排他的で、また、顔が見えずにほとんどの人たちが匿名であるゆえに、論調は先鋭化し、また、攻撃的な人間がどの思想においても溢れかえる。

まさしく知性の後退である。発言を吟味したり文章を読む力のない人や、意図を持った人が、人の発言や文面を拡大解釈したり歪曲して人にレッテル貼りをする。あるいは、デマゴーグに走る人がいる。

見るところ、人を社会的に抹殺し黙らせることのできる魔法の言葉である「レイシスト」と「ナチス」という言葉の核ミサイルを持つ左翼の方が表向きは強い。しかし、それから逃れるために匿名化し地下シェルターに潜った右翼の方が圧倒的に数が多く、政治のキャスティングボードを握っている。

こうして、近代以後現代に至るまでの最大理念の言論の自由が完全に消失した今が、私は近現代が終わる時期であると考えている。

これは日本においても全く同じである。

ただし、近代理念の崩壊したこの先の未来が、より知性的で冷静であるためには、やはり健全な言論の自由は取り戻されねばならない。言論を地下化してはならないのである。

そのためには、左翼は表の世界では批判されないから非匿名で善人面をして大きな顔でいられるが、それに奢り、自分たちに都合が悪い批判が来れば、人にレッテル貼りをして社会的に抹殺するような核ミサイルの乱射をやめなくてはならない。
そして、右翼は、匿名化するという卑怯の誹りを受けかねない態度を改めて、正々堂々と正しいリアリストの言論を守らなければいけない。

自由の女神の元祖が鎮座する、自由の国フランスに来て、この国が不自由の極地に苛まれていることを実感する私は、何とか、息苦しくない人類の爽やかな未来が開けていくことを希求するものである。

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