パリ VS フォンテーヌブロー (1) 〜ナイトライフかQOLか、無い物ねだりおじさんが語る〜

2.どうしてパリを出たのか。東京なら出ないのに…

しかし、もう僕は6年住んだパリを出てしまった。

パリでの暮らしはといえば、着いたはじめの3ヶ月は、仮住まいとして、9平米6万の屋根裏。

その後、ある帰国間近の先輩に3ヶ月ぐらいルームシェアで世話になり、そのまま1人で借りた30平米13万と少しの家。そして大学の隣へ引っ越し、30平米15万という、バカな暮らしをしてきた。

最初の仮住まいの17区を除けば、あとの20区と13区は決していい地区ではないのに…

親は、日本でも地方出身者はこうして都会に出るのにお金が必要だろうしと我慢してくれ、奨学金もあったから、脛をかじりにかじり、パリの人間らしい一人暮らしの生活をした。

しかし、今となっては、パリ市内でこんな風に住んできたのは若気のいたりで、もっと考えておくべきだったと後悔している。

思い返せば、荻生徂徠(おぎゅうそらい)という享保時代の儒学者が、武士がどうして貧乏になるのかという理論を立てたが、全く今のパリの社会と変わらない。

徂徠は、武士が江戸と城下町という都市部に参勤交代をしながら「旅宿(りょしゅく)」するから貧乏になるとぶった斬っている。

江戸や城下町にみんなが集まってくることで必然的に物価が上がり、そこにいる限り物価高の中で出費していくことを抑えられないから当然困窮する。

自分の土地で、自分でできることをしながら生きるのではなく、都市に住めば、野菜から物品から全てを買わなくてはいけないから、出費は嵩む。

江戸時代の武家も、今の都市民の多くも、入ってくるものは入ってきても、出費のせいで貧乏になるという構造は変わらない。

パリに人が一極集中し、地価物価が跳ね上がり、みんな消費を抑えるわけにもいかず汲々とするのは、荻生徂徠の言うところと同じ。

では、フランスの一般家庭に生まれ、地方からパリやパリ近郊に来た学生達は普通どのようにしてこの汲々を凌ぐのだろうか。

これは一重に、我慢である。

買いたい服も買わず、着た切り雀で質素倹約に努める。

日本の学生はお洒落に着飾っても、パリの学生たちはいつも同じ服を着ていることが多い。コートなんかいくつも持っていない。

みんな友達の家に寄り合うか、夏は運河やセーヌ川の岸辺で、安酒安つまみで酒盛りをする。すなわちバーやカフェでじゃぶじゃぶ飲んだりしないし、できない。

飲みに出たとしても、夕方のディスカウントタイムたるハッピーアワーや安い酒場で我慢。

オシャレも酒も我慢我慢我慢。

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