パリ VS フォンテーヌブロー (3) 〜行きつけ開拓。やっぱり音楽!伝説の世界的ギタリストのひ孫発見〜

悲観する訳ではなく、人間の性質の常として、人間が人種民族や階層を超えるということは普通はないし無理する必要もない。同質の人間といる方がはるかに楽であるし、心地いいものである。
貴族の家には貴族の家々にしかわからない文化があるし、ブルジョワには彼らが共有する価値観があるし、民衆にもそれがある。そして、同質の者たちで生殖を繰り返しながら、人々はその階層特有の価値観や感覚を再生産して生きていく。

僕はこちらでは、日本でも仲良くなるに違いない日本人としか関わらず、日本人村へは入らないと決めているから、日本人コテコテの世界にはいない。
とはいえ、僕もやっぱり自分のほっとする居場所だと思えるのは、なぜか、120%思想や価値観を共有できる日本人たちとであることは間違いがない。

歴史観、国際感覚、日本への思い。こうしたものがフィットする方々との間に自分の居場所を見出している。そして我々のつながりを裏打ちする、どことなしに同じようなバックグラウンドがあり、それ故に寸分違わぬ、思想信条・価値観を共有している。

フォンテーヌブローのブルジョワたちが閉じているように、ジプシーというのも閉じているから、交友するというのは至難の技ではあるが、音楽でなら、なんとかそういうバリアをこじ開けて、友達になれるかもしれない。

ジプシーなんか普通は大学や一般社会にはいないから、知り合えないし、友達になんかなれない。

しかし、奇遇にもジャンゴのひ孫と知り合え彼らが親日なのは、いいチャンスであり、彼と仲良くなれるならなってみて、ジプシーの人々の暮らしや思想を知って、ヨーロッパの一面を知りたいと思っている。

彼らは伝統的に家業として音楽を奏でてきた。これはすごいことである。
いくらテクニックがあっても、にわかギタリストには出ない味を持っている。

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