煙草と仏蘭西

仏蘭西は煙草の大国であったはずである。
褒められたものではないが、道には今でも煙草の吸殻が溢れている。

煙草は思考のシンボルであると、僕は今でも信じている。
臭い煙を吐きながら、呼吸を整え、思索に耽る。

体に悪いとわかっていても、そうすることで、何らかのスイッチを入れる。

目に見えて感じるのが、最近の仏蘭西の若者たちは、煙草を吸わないことである。
試みに生徒に聞いてみると、50人中2人ぐらいだけが、煙草を吸いますと答える。

紫煙を燻らすこの仏蘭西の文化で、世代が降れば降るほど、喫煙者はマイノリティになっている。

僕は、なんだか、自分が、とんでもない爺さんのような気分になる。

価値観や常識や時代というものは、こうして変わっていくのである。

僕は、煙草が必要悪から完全悪に変わる過渡期の時代の世代である。
この下の世代からは、急激に喫煙者が減る。

価値観や常識や時代は不変不滅ではないのである。

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