黄色いベスト運動(3) ~ナショナリズムの回帰を感じながら~

1.顕在化するタブーとしての移民問題とナショナリズム

フランスでは今や右も左もフランスファーストを志している。
EUは懐疑的に捉えられ、足かせとも考えれ、グローバル化の中で、失ったフランスを取り戻すことへ余念が無い。

日本はといえば、先々移民の問題が起こるとわかっていながら、外国人労働力だのなんだの、AI時代が来るのに、旧態依然の発想を抜け出ず、ヨーロッパの真似事を時間差でやろうとする。

日本が脱亜入欧の感覚を未だに捨て去れないのには、辟易する。
ユートピアがあればいいが、現実をして、ユートピアは夢でしかない。とフランスに住むと痛感する。

日本をフランス型の移民国家にしてはいけない。
移民にとっても、受け入れ側にとっても、世代を経ていよいよ相容れないという不幸がやってくる。

友好的な外国人を住まわすということは良いとしても、無選別に入れる労働力としての移民など如何なものか。

人間とは単なる労働力として、消費すべき機械にあらず。
彼らも人の心を持ち、長く民族のうちに蓄積する文化を持っている。

そして、金を稼ぐために外国に行くわけだから、必ずしも日本に興味があり、日本の文化を尊重するとは限らない。

フランスは高慢ちきに、国家教育をして、移民を馴染ませようとしたが、馴染まなかった。
言語だって宗教だって文化だって、物の考え方だって、移民は絶対フランスナイズされない。

良い悪いではなく、蓄積された文化を持つ人は所を変えても、それを保守しようとする。

僕も定義上フランスの移民であり、フランスに6年もいながら、常に日本人の頭で、物事を考え、日本人としての自分の経験から、フランスを眺め、食事は和食を好むのと同じだ。そして、いまだに信仰の形態は神仏の混交である。フランスナイズされたかと言われれば、全くされていない。むしろ日本人としての自我が深まるばかりである。

移民は住めば住むほど、オリジンのアイデンティティを強くするものなのである。アラブの移民は家庭でクスクスを食し、ハラルフードであり、俗化していなければ酒を飲まない。華僑は中華を食べている。敬虔なユダヤ人はユダヤ肉屋で買える、教義に乗っ取った屠殺方法をした肉しか食べない。インド移民はヒンドゥー飯だ。

日本人旅行客でさえ、梅干しとかをスーツケースに忍ばせてくるではないか。
移民のおふくろの味は移民の民族の数だけあるのである。

移民は、フランス国籍を持ちながら、「俺たちはアラブだ!中華だ!黒人だ!」と、延々とやり続ける。

アイデンティティがある以上、これは致し方ない。

移民を受け入れるとはこういうことなのである。

人間を労働力として軽んじると必ず痛い目を見る。

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