フランスVSイタリア南仏

フランス(南仏を除く)とイタリア。
これは日本と朝鮮とまったく同じである。
白人でありながら、ラテンとガリアで民族が違う。
黄人でありながら、大和と朝鮮で民族が違う。
食べ物がまるで違う。
気質が違う。

隣国同士というのは、民族的にも近いはずなのに、性質はまったく異なる。
同一視されたら、お互いに激怒するような、「近くて遠い」構造になる。
それは隣り合うから、俺はお前じゃないという区別が必要であるからに違いない。

では、どんな点でフランスとイタリア、あるいはフランス人とイタリア人が違うのであろうか。

やはり気質が違う。
フランス人は粘着質で、ネチネチした議論をとりとめも無くすることを好む。
そこに意見の違いがあることはかまわず、延々とカフェやバー、友達の家で議論をするのが好きである。
イタリア人はあっけらかんと面白い話を右へ左へ展開させていくことが好きである。

そして、フランス人が爆笑したりこれを巻き起こすような冗談をしないのに対し、イタリア人は豪放磊落な冗談と笑いに満ち溢れている。

ただし、物事を穿って見たり、そこにウィットに富んだシニカルな嫌味を言ってクスッとさせることにおいて、フランス人の右に出るものはいない。

一言で言えば、フランス人は根暗であり、イタリア人は根明である。
そのぐらいフランス人とイタリア人は違う。

これはひとえに、太陽と言語のせいだ、こう僕は思っている。

イタリアには太陽がある。フランスには太陽がない。

イタリア語は母音を明瞭に発音し、口を開けて自然と大声になって話す開放的な言語である。
黄金のラッパたる言語である。
フランス語は母音の発音が不明瞭で、口も開かず、小声になり、閉鎖的になる言語である。
細巻きのシガレットの紫煙たる言語である。

こういう違いから、この両国の民族性は根暗根明でくっきりと分かれる。

しかし、ここに、南仏人というフランス人らしからぬ根明な連中が登場する。

南仏人はいわゆるフランス人とはまったく異なる人々である。
ナポレオンに代表されるように、彼らはラテン民族なのである。

そして、北部フランス人は事あるごとに南仏の人々を馬鹿にする。
太陽と海と笑顔への嫉妬からなのか、まず、南仏の人間のフランス語の発音や気質を馬鹿にする。また、経済を訝しがる。
確かにマルセイユなどを中心に、フランスにも南北問題はあるのだが、北部の人間は、観光しか能のない、南仏の怠け者のやつらのせいで、フランス経済が損なわれていると思いがちである。

彼ら南仏ラテンフランス人の性質は、彼らが今やフランス国民といえども、北部の正統的ガリアフランス人とは相当違う。
彼らは、世が世なら、フランス国民ではなく、ジェノヴァ共和国の国民であったり、サヴォイア王国やカタルーニャ君主国やナバラ王国の臣民であった。

彼らは独自の言語を持つし、たとえフランス語を共通語として話したとしても、鼻にかかった南部の訛りであり、また、発音も母音をしっかりと出してくる。

そして、独立運動もそれが現実的であるか否かは別として存在する。
独立運動はフランス北部のケルト人であるブルターニュ人の間にも存在するから、フランス人みんながみんなガリア人たるフランス人であると思ったら大間違いなのである。
日本にも、日本国民としては同等ながら、民族的には琉球民族やアイヌ民族がいるのと同じことだ。

ただ、語弊のないように独立運動の難しさをいえば、僕の親友のフランス国籍カタルーニャ人は、「スペインは経済がフランス以上に悪いし、スペイン側とフランス側のカタルーニャ地方が今更独立国家を作ってどうするのか。ただ経済的に落ち込むだけではないか。」というリアリストな立場を、カタルーニャ人たる崇高な誇りと共に抱いている。

だから、僕も、自分が大和民族であることを誇りにするが故に、今も続く琉球の尚王家や琉球文化やアイヌの文化を尊敬すれば、彼らのナショナリズムも大いに認めるし、彼らが独立自尊できるなら琉球王国として再び独立しても、アイヌ人が北海道も北方領土も樺太や沿海州も全て取り返して、ロシアと日本から分離され蝦夷に戻っても、一向に構わないと、心情的には思っている。

しかし、そうなったら、確実に琉球はジェノサイドされ漢民族に蹂躙されるに決まっているし、アイヌの場合は和人との混血が進んでしまっているのに、いつの時代も露骨な帝国ロシアにいじめられることは確実であるから、現実的に考えて、首をかしげざるを得ない。

だから、小さい民族がナショナリズムにより再独立することは残念ながら難しい。
とは言え、南仏がフランス共和国であろうとも、ラテン諸民族の土地であること、そして、南仏人が太陽の申し子で、ラテン人なのだという事実は変わらない。

だから今やフランス人であろうとも洗濯物も表で干せば、陽気で笑顔に溢れた、愉快な人たちなのである。

フランス人はクスッと根暗で議論屋、イタリアと南仏のラテン人はゲラゲラ根明で冗談屋である。

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