孤独とフランス人・孤独と日本人 (下) 孤高とボエームと粋 〜山内マリコ『選んだ孤独はよい孤独』によせて〜

2-B 九鬼周造

九鬼周造は存在自体がいきである。『いきの構造』という、日本文化・日本人論の名著中の名著を彼が書けたのは、彼が自分のアイデンティティーを見つめ、それに起因する思想を実践し、そして、外国から日本を眺めていたからに他ならない。

九鬼は九鬼水軍に発する武家の出であり、母親は祇園の芸妓であった。そして、後妻も祇園の芸妓である。キャリアの最後は京都帝大の教授にありながら、祇園から出勤して授業をする近代随一に粋な学者である。母は父の部下岡倉天心とも関係するような女であり、精神病であり、母親の愛に飢えた九鬼は、結果として母と同じ、祇園の芸妓を娶る。母の愛に飢え、そして母の面影を追い求め、母と同じような女を求めた。
九鬼先生が死んだ兄の未亡人を妻としながら、その妻を愛せず、結果祇園の女を求めたことは、光源氏が、常に母の幻影を探し、愛せなかった妻葵の上の後に、紫の上を寵愛するようなもの。九鬼家は光源氏のように源氏の公家ではないが、一応藤原氏であるから、九鬼周造は自分で藤氏物語を織り成したかのよう。

九鬼周造の思想の研究は多くあれど、九鬼周造そのものや彼の生き方を検証した研究はない。存在自体が物語の主人公のような九鬼周造を物語にし、映画化でもしたら、無粋でつまらない現代日本の学問の世界も、少しは粋をとりもどすや。京の教授は祇園から、東京の教授は吉原、神楽坂、柳橋、赤坂から講義へ向かうか。

父親九鬼隆一の武家然とした面立ちに比して、周造の面立ちは優男の二枚目。九鬼の芸妓の妻は美人ではないが、おそらく、母親は美しかったであろう。紫の上もあれだけ光源氏に愛されているにも関わらず、悩み多く、精神病気質の女であったが、不思議なことに精神の弱い女は美しい女が多い。これはパリにおいても言えることで、精神病の女に限って美しく、実に困りものである。男は病んでいる女の美しさとその魔力に虜になりがちであるが、これは危険の極致。
光源氏もしかり、九鬼周造も生い立ちからして孤独であり、九鬼周造だからこそ、武士道と花柳界の風流からパリで思考し稀代の学者になれたのである。自分には到底なれっこないが、憧れてしまう。最初ドイツにいたのにパリに流れ着いたのも、彼がボヘミアンであったからと、薫る。

九鬼先生は、ただ研究論文を書くだけではなく、エッセイも多く残された。その中の一つ、彼そのもののエッセイ『祇園の枝垂桜』にこうある。
「あたりの料亭や茶店を醜悪と見る人があるかも知れないが、私はそうは感じない。」彼にとって祇園の全てが美しかった。
「知恩院の前の暗い夜道をひとり帰りながら色々なことを考えた。ああして月給取りも店員も運転手も職工も小僧も女事務員も町娘も女給も仲居もガソリンガールも一緒になって踊っているのは何と美しく善いことだろう。春の夜だ。男女が入り乱れて踊るにふさわしい。これほど自然なことは滅多にあるまい。異性が相共に遊ぶ娯楽が日本にはあまりになさ過ぎる。人間は年が年じゅう、朝から晩までしかめ面して働いてばかりいられるものではない。たまにはほがらかに遊ばなければ仕事の能率も上りようがない。」

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