第一外国語をイタリア語にし、ついでにカタカナ外国語表記も駆逐せよ

日本は国家を挙げて習うべき第一外国語をイタリア語にすべきである。

それこそ、習っているのに一向に話せるようにならないという、日本人の外国語音痴を克服する唯一のメソッドである。

イタリア語習得を下地にして、ほぼ同時並行で英語を習い、そこからは、各人の興味に応じてフランス語でも中国語でも何語でも別言語へと飛躍していくのが良い。

なぜ僕がこういう意見を持つかというと、日本人にとって一番話しやすい言語がイタリア語であり、一番鈍りなく話せる外国語だと感じるからである。

もし、我々日本人が、外国語に触れた途端に「無理、わからない」「話せない」と頭ごなしに拒否反応を起こす外国語アレルギーを克服したいなら、解は一つしかない。

それは、別言語で相手に伝えたいという情熱を持つことである。

先づ、別言語を学びたい意欲もなく、外国語に興味関心もない人間は、外国に拉致されて余儀なくあちらの言葉を理解せざるを得ない状況に長期間追い込まれたり、何かの都合で日本人と接触できないような異国の僻地に行くことにならない限り、外国語が話せるようになることは不可能である。

また、外国語を話したい意欲に加えて、下手でも行ってやるという特攻精神がなければ、千載一遇の話せる状況があってもその場から敵前逃亡してしまう。

道で外国人観光客に何かを尋ねられて、日本語しかできないのにボディーランゲージを使って会話を成立させる人間は、別次元の傑作の自信家・社交家として枠外に置いておくとして、自信がない人は、ほとんどの場合、初級英語を解せるのに「ノー」と言って逃げてしまう。

こういう、自分は外国語ができないというネガティブな思い込みから脱却し、外国語食わず嫌いを克服するためには、ある外国語を食ってみて、意外といけるという自信をつけなくてはならない。

そのためにこそ、イタリア語は日本人にうってつけの言語である。

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