夏と黒人〜黒人の美〜

黒人ほどカラフルな装いの似合う人種はない。
目の覚めるような色合いが黒い肌に馴染めば金色の装飾品もよくマッチする。

黒人女性のファッションの楽しみ方の一つにカツラがある。
伸ばせばアフロになりドレッドヘアにするしかなくなるため、ベリーショートにしている女性は多い。

縮毛矯正では追いつかない彼女らのくせ毛に対し、無い物ねだりで直毛への憧れを達成しようとすればカツラしかない。
カツラでなければこれまたカラフルな布を頭に巻いていたりもする。

白人フランス人はその性格を表すかのように秋冬は黒い服ばかり着るが、夏だけは色とりどりのワンピースやポロシャツを着る。

しかし、黒人の夏の眩いファッションには何人も叶わない。

日本人好みの黒人の割合は1割あるかないかであろうが、フランスを歩くと、時として目の覚めるような黒人美女とすれ違うことがある。
黒人といってもいろいろな民族がいるが、黒人のかわいそうなのが、全て黒人のくくりで被差別だから、何民族なのかが問題にされない。アジア人たるところのインド人中国人日本人といったような区別さえしてもらえない。
民族に優劣をつけたり格をつけたりするのは如何なものかということはあるけれど、日本人であることはヨーロッパにおいて幸か不幸かアドバンテージになってしまう。
日本だって昔は南蛮人とか言っていた訳で、外人を見下したり、外人同士を比べて扱いを変えることは人間の自然の行いとも言える。それでも、黒人は黒人内で比べてもらうことすらしてもらえない。

そのため、恥ずかしながら自分自身も黒人の民族を知らないので、よくわからないが、痩せていてすらっとしていてものすごく綺麗な黒人の民族がいることは確かである。
世界見聞のためには、一度はナオミキャンベル級の黒人女性と戦闘状態に入れりという妄想がない訳ではない。男の嗜みとしてのそれである。
しかし、黒人の女性とはなかなか出会う機会がない。

階級と人種社会のフランスでは、日本人はお客様枠で比較的上流の方へ組み入れてもらえるが、普通にしている限り、下層階級の人とは出会えない。

私も聖職者として、メルティングポットのパリ大学の嗜みを兼て、また、日本の国際親善・国際発信を健全かつ円滑に行い、尽忠報国を貫徹するためにも、全人種の美人を寄せ集めたスペシャルクラスを一つ持ちたいのだけれども、大学の生徒にも黒人なんてほとんどいない。アラブ人も少ない。
知る限りパリ大学の博士課程の日本学セクションには黒人は一人もいない。日本学の研究者や大学教師にもフランス全土で一人二人ではないだろうか。
僕のフランス人の交友関係もこれだけ移民社会でありながら白人ばかりになってしまう。

ジャズをやっていても、皮肉なことにジャズバーの酒の値も高いし、音楽や夜遊びには金がかかるから、結局黒人でジャズをやる人が希少になってしまうという皮肉なパラドックスが起きている。小洒落たバーになんか黒人客はほとんどいない。

だから僕は黒人のことを見て知っていてはいても、本当に知っている訳ではない。

たまに美人を眺めたり、ファッションを見るぐらいしか黒人には接していない。

しかし、彼らの色とりどりのファッションは美しい。
民族衣装で歩いている人は、男も女も、なんとも言えない輝ける色合いの一枚布の服を身にまとい、存在感で溢れている。
特に夏の装いの美しさといったらない。
派手なワンピースも西洋人のものなのに、彼女たちが着れば、肌の色と似合いすぎて、とてつもなくお洒落になる。

ところで、日本にも和服、アイヌ装束、琉球紅型などの民族衣装がある。
日本の個性的な素晴らしい色もたくさんある訳で、やっぱり民族衣装っていいなと、黒人を見るたびに思うのである。

カテゴリー: エッセイ パーマリンク

コメントを残す