相思相愛で不倶戴天の日本とフランス

日本とフランスは離れている場合において相思相愛で、接近する場合において不倶戴天である。

通常、日本人はフランス人に対して無条件に好印象を抱き、フランス人は日本人に対して無条件に好印象を抱く。日本もフランスに対して無条件に好印象を抱き、フランスも日本に対して無条件に好条件を抱く。これは遠い国同士であるから、いさかいも起きなければ、悪いところが見えすぎない故である。

他方、フランス社会に身を置く日本人がどこか冷めているということはよくあることで、むしろ、思想運動や祖国を愛せない種々のルサンチマンから意図的にフランス礼賛を喧伝している人を除けば、フランスを称揚しない日本人は意外と多い。同様に逆も然りで、日本社会に身を置くフランス人がどこか冷めているということもよくあることである。

観光レベルでは限定的な滞在と旅行の夢心地の中で、そこまで嫌な思いをすることもないであろうが、住むと粗が見え過ぎてしまうのは宿命と言える。

では、誰が日本とフランスの相思相愛を支えているのかといえば、フランス人の日本通でない人、日本人のフランス通でない人である。
日本を知りすぎないフランス人達による、「日本人は勤勉で清潔で伝統と近未来的文化が融合していて」という夢のイメージは無限に広がっていく。
フランスを知りすぎない日本人達による、「フランス人はお洒落で美男美女に溢れ、貴族的で優雅で美食」という幻想が無限に膨らんでいく。
こうした、人々が互いを理想化して、さも地球上の桃源郷であるかのような妄想に耽ることが、日仏の相思相愛を支えている。

また、無い物ねだりから日仏がお互いに憧れあっているということもある。

我ら日仏の無い物ねだりとは、物質的伝統という有形、あるいは、精神・文化・歴史的伝統という無形の二形態における伝統の有無のことである。

フランスには天変地異がないために、物質的伝統が強く残る。

パリの古い街並みは、確かにレトロであり、日本ではあり得ない物質の伝統を見せつける。

そして、わざわざ美術館に見に行かなくても、建築物や街並みという形で存在している伝統であるからこそ、より伝統が堂々たる伝統として見える。

日本は余程のことがない限り、天変地異のために物質的伝統は残らない。

特に建築物や街並みの伝統は残せないし、物質的伝統と言っても、埴輪や南北朝時代の刀といったオブジェや、古墳という土地の構造物が関の山である。

そのため、日本人はフランスに物質的伝統を期待する。

逆に日本には、天皇という古来からの連綿の御存在、茶の湯や箏曲などの文化、今も無意識に実践される寺社参拝・先祖信仰などの、精神や文化や歴史の連綿の無形的伝統が残る。

フランスは革命でカトリック文化と王政という伝統を破壊した爪痕が強く、それはカトリックに関して言えば現在進行形でもあり、それ故に自国のアイデンティティは揺らぎ、文字通り訳がわからなくなり、「フランスって一体何ぞや」という自問をした時に、「私たちの国柄とはこうです!」と端的な答えとなってくれる伝統が残っていない。もちろんカトリックの人間もまだいるし、王家の末裔や貴族の末裔もおられれば、反動としての王政復古派もいるから、完全に連綿の無形文化が残っていないとすることはできないが、少なくともこれらは、もはやフランス全体を代表する存在ではない。

だから、フランス人は日本に文化と歴史の伝統を期待する。

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