パリ VS フォンテーヌブロー (2) 〜本格始動、即エンスト!夜遊び in フォンテーヌブロー〜

1. フォンテーヌブローの酒場 VS パリの酒場

フォンテーヌブローの夜遊びは、パリから比べると夜遊びとは言えない。
明かりが少ない。城の横の大通りに数件、横丁に十数軒、以上。

そして、この塩梅であるから、バーのジャンルが乏しい。

ざっとの概要は、
フォンテーヌブローなのに、誰に対しても店員の感じがすこぶる悪いアイリッシュパブが一軒。
ビリヤードバー一軒。
ライブハウス一軒。
激狭のおしゃれバー一軒。
昔ながらのディスコがビストロに併設されている古いバーカウンターを備えた一軒。
中央の安めのホテル地階の、イカさないビールバーみたいなのが一軒。
夜9時には閉まりそうなビストロ兼バーのようなのが一軒。
交差点横の、テラスが売りの、軒を並べた3店舗ぐらいのビストロ兼バー。
店員がパンク系のおばさんなのに、内装が日本のスナックみたいなキッチュなバーが一件。
あとは、裏通りにポツンとあるビール専門バー。
僕の家からは行きやすいサイドの、街はずれだが時折ジャズをやるチェーンホテルのバー。
クスクスレストランがジャズバーと謳っているが、毎日はライブをしていないし、街はずれすぎて気軽に行けないものが一軒。

他にももう少しあるが、どこも似たようなもので、こんなものである。

週末に1時を超えて深夜営業をするのは一軒のディスコ併設ビストロバーのみで、それ以外の飲み屋は全て週末でも1時に閉まる。

この街に欲しいもの。

本当のジャズバー。タパスバー。ワインバー。少しハイソな面々も来るようなパブ。
おしゃれなナイトクラブ。内装がエレガントで、カクテルが美味しい、本物のバーテンダーのいるバー。
頼むわ、ほんと。

そして、バーに目立つ客層はいくつかある。

夜ともなれば、フォンテーヌブローの人ではないと、身なりや所作言動ですぐにわかる近郊からのガチャガチャ系の若者たち。
主としてライブハウスにいるアメリカ南部で、ハーレーに乗りそうな、ロン毛ピアス革ジャンのオヤジロック軍団。
ハイソ風のな若者だけど、決して他とは交わらない雰囲気の小グループ。
若い女子会。
これが一番多いか、男少人数の野郎組。
時折カップル。

一人飲みは、あまり見ない。

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パリ VS フォンテーヌブロー (1) 〜ナイトライフかQOLか、無い物ねだりおじさんが語る〜

1.フォンテーヌブローの香り

フォンテーヌブローは、ルイ6世が創建し始めたと言われるフォンテーヌブロー城を中心とする世界遺産の街である。ルイ6世は1108年の生まれだから、日本は平安時代、奇しくも源氏物語絵巻の完成と同い年になる。

周りは全く森林で囲まれている。電車でも車でも、街を出ればすぐに王族の狩の名所であったという森になる。

しかし、フォンテーヌブローは、世界遺産だと言っても、名高いお城があるぐらいだから、歴史的に重要な場所というだけで、住む分には然程この肩書きに対する感嘆はない。

大国の覇権争いと、それにおもねりたい国々の駆け引きの場、あるいは偽善に満ち溢れた言説で溢れる国連というものにシンパシーのない僕は、近年は様々な自治体の観光誘致のブランド、あるいは政治的な駆け引きの正当性をつけるための肩書きとして世界遺産が安売りされればされる程、「世界遺産」というタイトルが陳腐化するのを感じている。

もちろんその中にも、実に、人間の歴史として共有すべき素晴らしい古文書などが含まれていることは言うまでもない。そして、原爆ドームのような絶対に忘れてはならない遺産もある。

しかし、観光目的に闇雲に申請されて通ってしまったような場所が多くなれば多くなるほど世界遺産は陳腐化するし、記憶遺産はデタラメの可能性が高く、かなり胡散臭い。

国連が認めることが何でも正しくて、何でもすごいと決めかかる単純な発想ではなく、こうして「国連認定世界遺産の街フォンテーヌブロー」の現実を、自分の目で見て、肌で感じて、歴史の香りを嗅ぎ取ってみたいと思っている。

僕はよそ者であるし、そうやって斜に構えて、距離をとってフォンテーヌブローを見ていくと、やはりこの街には、上流階級が住んできた香りを感じる。

それは、昼と夜の街の雰囲気から分かる。「小ぎれい」を基軸にこの街は回る。

平日朝、スーツとまではいかなくても、小ぎれいな格好をした会社員たちが、バスに乗り、国鉄の駅へ出、列車に乗りパリを目指す。

その間はといえば、中央のナポレオン広場には子供連れのお母さんたち。街には、これまた小ぎれいに着飾ったおばあちゃんたちがカフェを楽しんでいる。商店街にはまばらに買い物へ行く人々が出るぐらいで、平日ともなれば閑散としている。

しかし、閑散と言っても、ここは世界的に有名だと言うMBAスクールのINSEADが森のすぐそばにあり、インターナショナルスクールもあるから、中高生、大人な学生達も多い。

学校が昼時で終わる頃には、学生がどっと街に出てくる。

夕刻にパリから列車に乗れば、フォンテーヌブロー以外の駅は、所得の低い移民層が多いから、白人で小ぎれいな服装の人がほとんどフォンテーヌブローで下車する。

フォンテーヌブローは、四方の森を境界にした隔離空間のような街だなと感じる。

駅で降り、バスを待ち、中央へ帰る。あるいは駅に留めた車で家路につく。

こうして、日が落ちる頃には、アフターで、その小ぎれいなブルジョワの老若男女が繰り出してアペリティフなんぞをカフェで楽しんでいる。

INSEADでMBA取得を目指す世界各国の裕福そうな学生達も、群れをなしてアペリティフをする。街の中央の商店街には、主婦達が夕餉の買い物に出てくる。

火曜と金曜と日曜なら、朝から13時ぐらいまでは、ナポレオン広場に近隣でも名高いマルシェが立つ。とはいえ、平日のマルシェは活気がなく、日曜は方々から車で来る家族連れなんかもいて、賑わいが増す。

単身者の僕は、男1人で買い物に行くわけだが、よくよく考えると、買い物をしているのは、ほとんどは、主婦かおばあちゃんか、僕と同じぐらいあるいは30歳は超えていて、子供がいるような、落ち着いた壮中高年のカップルぐらいのもの。

すなわち、ここは単身者向けの街ではないのである。

そう見えているだけかもしれないが、若い女の単身者はこの街にある程度はいる。

きちっとした女なら普通は男より精神年齢が高いから、落ち着いたこの街を選び住み着いた、小ぎれいで若い単身風の女性達がこの街には見受けられる。

でも、単身者風の男というのはほとんど見受けられない。

買い物して料理して洗濯してアイロンかけて掃除して、仕事か遊びにパリに登り、あとは大体家で論文を書くか、時折近隣までジムに行くという、やもめジジイかオカマみたいな生活をしている僕のような男はそうは多くないらしい。

変に女子力ついたかしら。

とはいえ、ついこの間までは、僕もパリで毎晩飲みに繰り出す類の男だったのだが…

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フランスで国鉄沿線に住む地獄 〜カリカリおばさん・カリカリおじさんとの遭遇〜

フランスで国鉄沿線に住むことは、それなりに交通に難渋するという覚悟をもたなくてはならない。
ちなみに私鉄などない。

パリなら近距離なら歩ける。
馬鹿げたことに、新型車両でも意味もなくボックスシートに固執して、人が乗りづらい上に、臭く汚く小さいメトロも、しょっちゅう止まりこそすれ、本数はあるし、週末は2時までの営業である。
路線数に富んだバスや、Uber、タクシーも潤沢にある。

このパリの鉄道・バス事業を担うのがパリ交通局(RATP)である。

そのほか、パリと郊外を結ぶ首都圏急行鉄道網(RER)という、パリ交通局と国鉄共同の路線がある。
黄色い総武線とか、青梅あたりまでの中央線、京葉線みたいなものと考えればいい。

これはABCDEの5路線あり、危険な郊外を通るし、電車も汚く治安も悪く、ラッシュアワーは人でごった返すことで悪名高い。
シャルルドゴール空港とオルリー空港を通るB線に乗られた日本人なら、あの嫌な雰囲気に気づいたに違いない。
あんなのでトランクを持って、落ち着いて乗ることは不可能である。
そういう、車中で絶えず警戒せねばならない神経からくる疲労を飛行機前後に感じるのは嫌だし、フランスの駅は滅多にエスカレーターやエレベーターがないし、あっても止まっていることが多いから、僕は荷物を持って空港に行くときは疲労感軽減のためタクシーを使ってしまう。

そして、国鉄では、パリと首都圏の近郊都市を結ぶトランシリアンと、TERという首都圏を出て遠方へ行く長距離列車がある。

僕は今南東のフォンテーヌブローという街に住んでいて、クオリティオブライフは高いし、住むにはパリの近郊都市として悪くはない。

本当は根暗で辛気臭いフランスを抜けだし、自分には合っていて、おかしいぐらい太陽と美女と陽気で礼儀正しい人間に溢れるイタリアに引っ越したいと願っているが。

さて、ここからパリへ出るためには、僕が住む街の中央からは歩けば30分、バスなら10分揺られ、1時間に2本の電車を捕まえて、そこから40分かけて、パリリヨン駅に行かなくてはならない。

この駅の列車は国鉄のトランシリアン・TERという2つの種別があるから、特にパリリヨン駅から帰るときは、気をつけなくてはならない。

ちょうど、感覚的に小田原をフォンテーヌブローとすると、熱海行きか、下田行きに乗り、小田原で降りる感覚。寝過ごしには、気をつけなくてはならない。

すでに2回寝過ごし、一度は、家より50キロ先の、モンタルジという熱海的な近い方の終着駅の車庫に入ってしまい、非常用ノブを回して脱出し、車庫から駅まで戻る羽目になった。

そういうことを除けば、電車は広めのボックスシートで、パリからは始発で座れるし、パリへ出るときも、列車遅延などで人がごった返していなければ、普通座れる。



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黄色いベスト運動(3) ~ナショナリズムの回帰を感じながら~

1.顕在化するタブーとしての移民問題とナショナリズム

フランスでは今や右も左もフランスファーストを志している。

EUは懐疑的に捉えられ、足かせとも考えれ、グローバル化の中で、失ったフランスを取り戻すことへ余念が無い。

日本はといえば、先々移民の問題が起こるとわかっていながら、外国人労働力だのなんだの、AI時代が来るのに、旧態依然の発想を抜け出ず、ヨーロッパの真似事を時間差でやろうとする。

日本が脱亜入欧の感覚を未だに捨て去れないのには、辟易する。

ユートピアがあればいいが、現実をして、ユートピアは夢でしかない。とフランスに住むと痛感する。

 

日本をフランス型の移民国家にしてはいけない。

移民にとっても、受け入れ側にとっても、世代を経ていよいよ相容れないという不幸がやってくる。

友好的な外国人を住まわすということは良いとしても、無選別に入れる労働力としての移民など如何なものか。

人間とは単なる労働力として、消費すべき機械にあらず。

彼らも人の心を持ち、長く民族のうちに蓄積する文化を持っている。

そして、金を稼ぐために外国に行くわけだから、必ずしも日本に興味があり、日本の文化を尊重するとは限らない。

 

フランスは高慢ちきに、国家教育をして、移民を馴染ませようとしたが、馴染まなかった。

言語だって宗教だって文化だって、物の考え方だって、移民は絶対フランスナイズされない。

良い悪いではなく、蓄積された文化を持つ人は所を変えても、それを保守しようとする。

僕も定義上フランスの移民であり、フランスに6年もいながら、常に日本人の頭で、物事を考え、日本人としての自分の経験から、フランスを眺め、食事は和食を好むのと同じだ。そして、いまだに信仰の形態は神仏の混交である。フランスナイズされたかと言われれば、全くされていない。むしろ日本人としての自我が深まるばかりである。

移民は住めば住むほど、オリジンのアイデンティティを強くするものなのである。

アラブの移民は家庭でクスクスを食し、ハラルフードであり、俗化していなければ酒を飲まない。

華僑は中華を食べている。

敬虔なユダヤ人はユダヤ肉屋で買える、教義に乗っ取った屠殺方法をした肉しか食べない。

インド移民はヒンドゥー飯だ。

日本人旅行客でさえ、梅干しとかをスーツケースに忍ばせてくるではないか。

移民のおふくろの味は移民の民族の数だけあるのである。

移民は、フランス国籍を持ちながら、「俺たちはアラブだ!中華だ!黒人だ!」と、延々とやり続ける。

アイデンティティがある以上、これは致し方ない。

移民を受け入れるとはこういうことなのである。

人間を労働力として軽んじると必ず痛い目を見る。

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黄色いベスト運動(2)~EUのほころびの中で~

1.マクロンの失政

フランス社会の大きな問題として、エリート権威主義がある。

マクロンのようなエリートたちは、自分が権威であると思っているから、市井の人たちの言うことに全く聞く耳を持たないし、分析する能力もない。

エリートは彼らの階層内のみで交わり、お勉強しかしてこないから、たとえそれが民衆の立場を標榜する左派エリート政治家であったとしても、全く社会を知らない。

研究者でもそうだが、政治家も、「私は労働者の味方です」とか「庶民庶民・民衆民衆」という人に限って、庶民感覚がない。そもそも、労働者でもない。

一度もツルハシを握ったことのない人間が、わかったように労働者を代弁していることがシュールである。

マクロンはもともと左派なのに、彼が大好きなはずの民衆に噛み付かれたということで、笑ってしまう。

この庶民感覚が著しく欠如した大統領は、このたび、なんとか国家をリフォームして、財政再建をしようとしたが、全てにおいて失敗した。

マクロンは、いろいろなところで「環境のための燃料税」とか、大義を掲げながら各種税収を数パーセント増やすことを試みた。

私のような外国人学生からの学費を、今の年間数万円から、数十万円まで上げようともした。

これは、僕も大学の予算の窮乏を知っているから、仕方ないとは思っていたが、このマクロンの思惑も黄色いベスト運動で頓挫した。

 

ちなみに、「同じ」大学生・大学院生なのに、「違う」授業料をとる、ということは、フランスの「平等」を掲げる国体に合致しないので、これに対する反対闘争が起こった。

僕は、「チャンスの平等」は大切に思うが、共産主義的な「富の平等」の理念は、極めて危険であると思っている。

また、慎ましく、社会を尊重して生きる人と、犯罪ばかりするようなそうではない人を平等に扱ってはならないと思っている。

そもそも、猿山にボスザルがあり、蜂の社会には女王蜂が君臨し、ガキの集いにはガキ大将がいるように、指揮権を持つ権力者が、動物や人間の世界の全てに必ず生まれるので、身分・立場や富の平等は起こりえない。

完全なチャンスの平等も、これもまた、無理だが、しかし、チャンスの平等格差は常に減らすよう権力は尽力すべきである。

この点、外人であるところの僕が、フランスで学業をするにあたり、フランス人よりも数倍の授業料を払うとなれば、日本人にとっての30万円が、アフリカ人にとっての30万円とは大きく価値が違うように、外人学生がフランスで学びたいとする、「チャンスの平等」を一層阻害することは否めない。

しかし、外人というのは、その国の国民よりも劣等に扱われることは当然であるし、受け入れてくれている国を尊重しなくてはならないから、僕はマクロンが授業料をあげると言った時、それでも日本より授業料が低いから、表向き反対せずとも、困ったものだなと感じた。

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黄色いベスト運動(1)〜どうしてこんなことになったのか〜

先月より、Gilets Jaunes(単数形で、Jaune=黄色い・Gilet=チョッキ)、「黄色いベスト運動」が毎週末パリのシャンゼリゼ近辺を騒がしている。

そして、これが、ことさらにクローズアップされ、ニュースとなって世界中に毎週のように流れるから、日本の視聴者は、パリやフランスの治安の一事が万事危険になっていると映るようである。

しかし、今の所、心配はご無用。

デモに参加したり、居合わせたり、近隣住民でなければ被害はない。

交通規制やメトロの封鎖などによる不便を除けば、通常の市民生活を営むことができる。

今回の黄色いベスト運動は、確かにデモとしては大規模で、暴力と破壊を伴う大きなものである。

しかし、日本でこの情報に接するときは、ニュースはそもそも、切り取られて流される情報であるということを改めて意識し、ニュースの内容全てが、デモやフランス社会への正しい分析ではないことを、お含みおきいただきたい。

これから、数点、僕がこちらで、人と話したり、聞いたり見たり、肌で感じたこのデモの日々と社会を、あくまで自分の責任の範囲内でお伝えできればと思う。

 

 

1.僕が思う今回のデモの特殊性

 

 

パリのテロの後、オランド大統領始め各国首脳も集うテロ反対の行進があったのは、レピュブリック広場。

このように、デモ行進する有名どころはレピュブリック広場である。

こちらは、下町であり、さしあたって観光地ではないから、観光客には馴染みもなければ、イメージするパリの街並みとは違う。

ルーブルの近くで、労働組合の小規模なデモを見たことはあるが、普通デモはバスティーユとか、レピュブリックとかの下町側の広場、つまり警察の規制のしやすいところで行われてきた。

バスティーユには新オペラ座があるが、オペラでも見ない限りは、フランス革命のバスティーユ監獄跡を除いて大した観光地ではない。

日本でも、普通、デモは警察に届け出て、日比谷公園から銀座方面を行進したりする程度のものである。

 

今回の黄色いベスト運動は、そういう出来合いのデモではなく、ツイッターなどSNSで呼びかけが始まり、いざシャンゼリゼへという形で勃発した、ゲリラライブ的な暴動デモである。

ここに、警察の管理下に行われる安寧のデモと、今回のデモが違うということが感じられる。

また、アラブの春もSNS発の民主化運動であったが、デモに関しても、SNSというものが、情報発信とシェアの手軽さ故に、大きなきっかけをもたらすものになるということを痛感した。

ではこのツイッターなどでの呼びかけに呼応して、デモに集まっている人たちは、本当に本当の多数派で、普通の「庶民・民衆・一般市民」であろうか。

 



2.黄色いベストの人たちは、皆の賛同を得る普通の一般市民か?

 

 

僕の周りにいる一般人、そして大学出の左派の人たちに話を聞いてみても、彼らは普通黄色いベストは過激で、愚かで、賛同できないと言う。

ここで、留意しておきたいのは、良き伝統を受け継ぎながら、国民国家のモラルある向上を志す保守派が通常伝統的な家庭に生まれ、所得はそんなに悪くはない社会階級に属すのに比して、共産主義的平等思想を好み、民衆による社会の革新を志すという左派にあっては、大きく二つの階層があると、僕は見ている。

フランスの大学生や、大学出からなる左翼と、高等教育は受けずに、即刻ブルーカラーになった職工の左翼である。

今回のデモの主たる参加者は明らかにブルーカラー左翼の中のそのまた一部である。

そこに、単なる便乗の過激派や、マクロンを降ろしたいだけの右派も参加しているらしい。

 

大学で担当する全授業でカマをかけて、「みんな黄色いベスト運動は行きましたか?どう思いますか?」なんて、聞いてみると、左派系学生の多いパリ第七大学といえ、ほとんどの生徒が首を横に振ったり、あれはデモじゃないなどとレスポンスしてくる。

そう。黄色いベストというのも、土木の職工などが道で工事をするときなどに着る蛍光ゼッケンなのだから、彼らは自ら、敢えて、我々こそはプロレタリアなのだと示威しているのである。

すなわち、黄色いベストを来ているのは、ブルーカラーの左翼の過激な人たちがメインであるから、これを「フランス人の庶民たち」とか「普通のフランス人みんな」と見るととんでもない誤りとなる。

全共闘世代とか言う時に、その時の若者がみんな学生運動に身を投じていて、すべからく全共闘だったらちゃんちゃら可笑しいのと同じである。

では、どうして、フランス社会における一部の過激派左翼職工たちが、こんなにもインパクトを残すことに成功したのであろうか。

 

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さらばパリ(2)〜地獄の引越。しかし友情。これがセ・ラ・フランス〜

フランス人はほとんど引越し屋を使わない。

運転できる友達にトラックの運転を頼み、友達を動員して行う。

僕も2回ほど手伝ったことがある。

もちろんフランス人はケチだから、謝礼文化はなく、引っ越し終了後に、軽く乾杯をする程度のものである。

こちらも、友達だから手伝っているのであって、そうでなきゃ手伝わないから、友情が本物かどうかが問われる。という行為に引っ越しはなっている。

「どケチだけど親しい人にはハートフル」という典型的なフランス人の特性が現れるのが引っ越しである。

私のこの度の引っ越しの行程。パリから片道70キロのフォンテーヌブローまでは、大親友のフランス人二人にお願いしてある。

フランス人の親友は何人かいるし、友達に広げれば、また少し増えるが、何年も一番仲がいいのはこの二人。あうんの呼吸の僕ら三人なのである。

そして、僕が引っ越しを手伝ったことのある友人たち含め、たくさんの人にお願いできないわけではないが、今まで家具付きの物件にいたので、そこまでの人数は必要ないし、僕は日本人なので、謝礼をしないと気持ちが悪い。親しいからこそ、何もしないで、善意に甘えるだけでは示しがつかないような気がする。

親しき仲にも礼儀ありという日本文化のままに、彼らは僕より若いので、少し包みたいと思うし、ちゃんとしたレストランにも招待する。だから、5人も6人も手伝いがいたら、僕の給料ではそれは叶わないので、大親友の二人に助太刀を願った。

そこからが、フランスだよなという物語の始まり。

予定としては、無事に2018年の9月16日日曜日に引っ越しを完了するはずであった。

4日前に、ネット予約で、大手レンタカー会社SIXTで、日曜朝8時から業務用のVanを借りる。

ところがどっこい、借りた翌日あたりに、次の日曜日は、朝の11時から夜の18時まで、環境保護デーのために、パリ市内は公共交通機関を除けば、車が一切走れないというお触れが出ていることを知る。

行政があらかじめ日にちを決めていることなのに、なんで直前になって噂話で行政命令を知るんだよと、まあいつものことながらイライラする。

メトロの広告などには出ていなかったし、まったく市民生活に直結する布告を周知するという気がない。

それでいてサイトに行くと、引っ越しなどで車をどうしても使わなくてはならない人は、2週間前までに、パリ市役所まで、許可証を申請してくださいとある。

これがフランスの行政能力である。

もはや時すでに遅いし、レンタカー屋なんかそういうことは随分前から知っているはずだから、ネット予約でもそういう日だという旨を明記してくれればいいのに、もちろんそんなことはなく、全く市民や顧客のことを考えていない。

そもそも、常々北京並みの大気汚染のパリに、そんなパフォーマンス的な環境保護イベントをやったって無駄で、石原慎太郎が、トップダウンで東京に旧式ディーゼル車が入れなくしたように、根本から問題解決にあたらなくては、環境なんて改善しない。数年後からようやく取り組むみたいだが。

また、21世紀にありながら、市民への法令の周知がいい加減で、噂話に頼っているというところも、識字率の高い民のレベルもあるが、高札で御触れを民に知らしめた徳川幕府の方が何枚も上手である。

現代のフランスの行政と徳川幕府の行政では、はるかに徳川幕府の方が優れている。

何につけても、そんな古代的なフランスである。

ただ、車は朝8時から借りているから、11時までに荷積みをしてパリから出てしまえばいいので、まあOKとたかを括った。

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さらばパリ(1)〜6年間もありがとう〜

ちょうど6年目にしてついにパリを去る。

好きでもないけど。パリには文化の発信地として一目置いてはいる。

日本人には優しいし。

しかし去る理由はいくつかある。

狭くてぎゅうぎゅうの電車。大気汚染。セカセカ・イライラしているパリの人々。
危険な場所もたくさんあり、危険な人もたくさんいて、様々なところで気を張っていなくてはならない日常生活。尋常ならざる犬の糞。メトロにせよ道にせよ街中の立ちしょんべんと悪臭。不潔な街。

一度とてパリに惚れたことはないが、最初はパリも住めば面白いなと感じたりもしたが、こんなものに、嫌気がさしてきた。
ただでさえ飽きっぽいのに、飽きて来た。

もともと風来坊気質だし、僕が日本を出たのは、日本を外から眺めてもっともっと日本を知りたいからであるから、パリにじっとしていようなどという考えはハナからなかった。

博士課程に入ったときは、女がニースにいて、何回も行ったニースやカッコつけたら天罰が下って一瞬でモンテカルロで200ユーロを擦ったモナコにも惚れていたし、なにせ太陽に飢えるパリのことだから、そこら辺に南下しようと思っていた。
そして、時折パリの大学院の学生でありながら、地方に住んで、何かの折に、TGVや飛行機でパリに来る人もいる。こっちの方が安上がりだ。

しかし、中央集権のフランスにあっては、とりわけ日本学などの外国学で、研究機関、学術会議、良質且つ大量の図書館の蔵書などは全てパリにしか揃っていないから、地方へ行くとハンディがあるので、パリにいた方がいいと言われ断念した。
たとえば、「研究にあの学術書読まなきゃ」という時に、ニースなんかにいたら、すぐ動けない。

 

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今どき珍しカトリック美女と語らふフランスの今昔【3】 〜無神論と宗教みたいなベジタリアン旋風の中で編〜

目下フランスにはものすごく無神論者が多い。

 

でも、彼らが人間の所為とは思えず、科学的にも立証できないようなこと。神道に裏打ちされた日本人の感性からしたら、「神ってる」みたいな感性を全否定しているのかというと違う気がする。
ただ、カトリックの教義が現代社会に合わなすぎて、これに拒否感を抱いていて、無神論と言っていることが多いと感じる。

 

僕がカトリックの君に良い言葉ねと言われて嬉しくなっちゃったのが、無神論者は本当に無神論という訳ではなく、Ils essaient de ne pas croire. 【信じないように努力している。】と感じるといった言葉であった。

 

この言葉は、フランス人の無神論者の非宗教形式の結婚式に出たからこそ出た言葉であった。

 

こちらでは、無神論者の結婚式では、結婚式場で、あらかじめ指名された友達が神父のような役割をする。それだけでも、聖職者が持つような重みがない。キリスト教の結婚式っぽいやり方でやるから聖職者の影がちらつくので、逆に胡散臭くなってしまう。

 

しかも、無神論なはずなのに、神とか忠義とか、神父が言いそうな文言がしばしば出てきて、無神論なのにキリスト教を払拭できてないじゃんと思わされるのである。

 

そもそも、無神論なら、宗教を否定するのだから、教会における結婚式のスタイルを模倣してやっていること自体おかしい。
アナーキストが国から生活保護を受けるような矛盾なのである。

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今どき珍しカトリック美女と語らふフランスの今昔【2】 〜カトリックの人の価値観と考えに学ぶ編〜

このカトリックの令嬢は、伝統主義者である。日本人の知り合いなんて僕しかいないし、別に日本語ができるとかそういう訳ではないが、伝統と近代的なものが融合する日本というものに淡い興味や期待を持っている。

 

それもそのはず、ミサに行ったらジジババしかいないのに、今時若者に珍しいカトリックである。ということは、伝統的なものに重きをおく家庭に生まれ、育ったからそうなっているのである。

 

彼女のおかげ様で、僕は彼女と比較しながら自分を分析する。
普通の日本人の多くが、先祖を敬い、家の由来を知っているように、うちも普通にそうだし、墓参りもするし、ここはちょっと珍しいかもしれないが、歴代の当主のおかげで、33回忌でフィニッシュせずに、50年置きの遠忌で先祖の法要も重要視するし、神社にも好き好んで行くしということで、伝統主義者と言える。
時代の波の中で、変わるべきものは変わり、変えるべきものを変えるということも必要と認めるが、人間は歴史の連続性の上に位置するので、古くから続き、あるいは先祖より伝わる伝統的なものに僕は価値を見出す。

 

だから、僕が女にばかり厳しくなる一神教の弊害などを知覚していても、カトリックでもイスラムでも世界宗教として伝統的に存在してきたわけで、そこには敬意を払う。

 

ただ、一神教は、「セックスはいけませんが、レイプされてできた子も等しく神の子であるから避妊も堕胎もいけません」というように、人間の自然の摂理や感情を否定しながら、偽善に走るので僕は批判的にならなくてはならないことも多い。
どうして「セックスは最高だしよろしいですが、女性を傷めないように男は馬鹿だから気をつけましょうね」と考えられないのかな。とか、生まれや趣向は選べないのに、ホモセクシャルは人ではないなどとどうして言えるのかなど、日本の伝統主義者としては、考えられないような教義が一神教には多すぎる。

 

フランスではこういうことに対する反発が主として、無神論者が溢れ、彼らは「神はいない。カトリックなんて偽善だし、馬鹿じゃねえの」と散々ぱら公然と馬鹿にするが、僕には、偽善であることは認めても、カトリックの人たちが御先祖様から家がしてきたように伝統的に生きたい、とする気持ちを無下にすることはできない。
あるいは、性観念以外のモラルという意味では、敬虔なカトリック教徒のように、信仰心のある人の方が、慎ましく、道徳的で、品がいいということは体感として感じる。



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