パリの街並みが残されたわけ 〜その偶然と必然〜

また、フランス人だけでなく、ヨーロッパ人も、パリを嫌う人は多い。

それは、パリの極めて特殊な不潔さと、大都市といっても東京やNYよりはるかに小さな街に、人がひしめいている窮屈。そして異常な物価高が主な理由である。

あるいは、イタリア人に言わせれば、モナリザを描いたレオナルドダヴィンチはイタリア人なのに、さも彼の芸術がフランスの美術であるかのように、ルーブル美術館に展示されていることが腹立たしいとか。
他の国のヨーロッパ人の愛国心をして、本当はフランスの芸術だけが、ヨーロッパを代表するはずではないなのに、パリがヨーロッパを代表するアートの都市になっていることへの憎悪がある。

フランスにはナポレオンがかっぱらってきた収蔵品も多いし、それをあたかもフランスの芸術であるかのように展示するパリは、盗人猛猛しい美術都市とヨーロッパ人から見られていることは事実だ。

またみんな言うけれど、パリの街は確かに使いにくく、フランス人の不潔をして、路上は極めて汚い。匂いも、香水の匂いというよりかは、実にしょんべんとホコリ臭い街である。

パリの人々は悪臭がたまらなく好きなようであるから、日本人は今こそ、くさやをパリに大量輸出して、一大くさやブームを巻き起こすべき時で、パリの人々は必ず三顧の礼でこれを歓迎するに違いない。

それはさておき、経年の汚れと劣化、前近代的アナログさにおいてパリの右に出る都市は、西側諸国においてはないのではないか。

しかしそれでも、パリの建築と街並みは、前近代の荘厳とノスタルジーの中にある。
一部の新開発地区を除けば、現代的な建物は無く、それこそ、パリがパリたる所以で、人々を惹きつける点と言える。

そして、お上りさんは、みんなして上を見上げ、何かを踏むか、石畳に足を絡め捻挫する。

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