伊太利女性ノ美人タルノ美學人類學的考察

伊太利女性ノ美人タルノ美學人類學的考察

世川祐多

筆者ハ伊太利女性ホド欧洲ニ於テ美シキ女性ハ居ナイトゾ思フ。

イタリアに一歩足を踏み入れれば、伊太利女性の美しきことには脱帽せざるを得ない。
筆者は無帽であったから、見えない烏帽子を海に投げ、見えない麦わら帽子を木に掛け、終いには、見えないハンチング帽を音速よりも早くクルリンパして伊太利女性の美に対する恭順の意を表明した。

筆者は国においては、何故か、岡山大学所蔵の岡山藩主池田家文庫の調査に訪れた岡山や、沖縄において、その土地の人は随分と美人が多いと感じたものであるが、日本の美女の名産地の一部が岡山や沖縄だとするならば、土地柄により美人の多寡があるのは一種の美学・人類学的考察の対象となり得る。

岡山は瀬戸内に面する。沖縄は南海に面している。日本自体が島国で海に囲まれている。
イタリアは地中海とアドリア海にその表面積のほとんどを捧げている長大な半島国家である。
これは女性の美を促進させる一つの風土的要因になり得るかもしれないという仮説が立つ。

和辻哲郎博士は『風土』において、「ヒッポクラテスによれば、風土は暑さ寒さ、その変化の多少などによって、人体に影響する。また空気の湿潤乾燥は呼吸の難易、血行の遅速、肉体の弛緩活発などを結果する。だから風土の特殊性に慣れることによって民族の特殊な性質ができあがるのである。」(1)と述べている。

ヒポクラテスが紀元前にこれに気づき、昭和に和辻博士が追認したこの理論は、しかし、未完である。和辻博士は昭和初年にイタリアと南仏の沿岸を歩いていながら、その海や山の地形と気候の考察に始終し、自分自身で言及したヒポクラテスの説である、風土と人体の関係を忘却した。

この美學に於ける致命的な研究的忘却を、わずかに補填したのは、戦後の辻邦生博士である。
辻博士は、妻に辻佐保子博士を得、お子はおられなかったが、終生おしどり夫婦で有名であり、ヨーロッパをいつもの如く妻同伴で回られた際に、ノートの端切れに描いた夫妻の漫画は、博士の愛妻家ぶりを伺わせる。

この辻博士を基準に学者を夢想されると、我々辻博士とは程遠い人間には極めて分が悪い。
博士は、世界においても研究者史上稀に見る伊達男であり、愛妻家として妻に集中させておくには、世間の女が承知しないほどに美男である。

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この憎き愛妻家の辻博士でさえ、伊太利女性に関して、博士のレベルにおいては少し羽目を外した言及をしている。

「たとえば汗ばんだ浅黒いローマの女たちだ。放埒で、大胆で、自由で、それでいて敬虔な彼女たちは、薄いブラウスの下で、豊かな乳房を熟れた果実のように柔かく揺らせている。暑熱に包まれたこの肉感は、南国の官能的なハイビスカスの花を連想させる。肉体は甘く、香り高く匂うのである。」(2)

辻博士はむっつり助平の可能性もなくはないが、普段は表立ってこんなことを言わず、学習院大学教授に相応しい上品な博士であり、この博士をしてこんなことを中公文庫の紙面に吐露してしまう位、伊太利女性の美は深く強く男たちの目に焼きつくのである。

筆者が、万事イタリアの真逆を行く北部フランスから逃れて、イタリアの方々を歩く時、先づ、女の美しさと同時に目につくのが、人々の豪放磊落さと陽気さである。

これは和辻博士が言うように、「西欧の陰鬱とは直接に日光が乏しいこと」(3)から、我々はイタリアで解き放たれ、「ヨーロッパを北から南へ、すなわち日光の強まっていく方向へ旅した者は、誰しも必ず感ずることと思うが、日光の力の強まるに従って人間の気質は漸次興奮的・感情的になって行く」(4)という確かなる感動の向上、精神の豊饒を体感するのである。

この精神的に豊かなイタリア人たちの笑顔は輝いている。
そして、美しい。

ケーシー高峰医學博士が言ったように(5)、確かに日光はネガティヴに皮膚ガンの原因になるが、同等にボジティヴに、ビタミンDを人体にもたらす。

イタリアの野菜は極めて色鮮やかで美しい。ピーマンやトマトの赤は艶がかって、果実はテカテカと照り輝き、緑黄色野菜は健康的にそして信号機より鮮やかに緑と黄を放っている。全てにおいてイタリアの食材は味がしっかりとしている。これは無論北部フランスの野菜とは異なる。ワインとて、イタリアワインは、よほど良く精製されて初めて洗練された上質な味になるフランスワインに比べ、安物であろうとも味が濃く美味である。

野菜が美しく美味しくなるのも、ワインが大した技巧を加えなくとも色濃く飲み応えのあるものになるのも、女が肉感的で美しくなるのも、すなわちまったく同じ原理なのである。
太陽を浴びて育ち、ビタミンDを含み、健康的で、感情的で、陰鬱の真逆の明るい風土で育まれるから、見て鮮やかで美しく、嗜んで美味なのである。
このようにイタリアでは生きとし生けるものの全てが美しいのである。

伊太利女性ハ欧洲世界ノ稀ナル傑作ニシテ、ローマ建国ノ父カエサルノ祖タル愛ト美ノ神ヴィーナスノ末裔タリ。而シテ伊太利女性ノ美シキコトハ、至極必然ニシテ何ラノ疑義ヲ挟ムベキモノニアラズ。


参考文献)

(1)和辻哲郎,『風土』, 岩波書店, 東京, 1979, 初出, 1931, p. 306.
(2)辻邦生, 『美しい夏の行方~イタリア、シチリアの旅~』, 中公文庫, 東京, 1999, p.20.
(3)和辻, p.163.
(4)和辻, p.166.
(5)ケーシー高峰, 『女体における日光の影響』, 凹版印刷, 浅草, 02019, p.69.

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