大統領制のフランスに住めば 〜マクロンの改革・サルコジの拘束・森友問題等に比較して〜

3月20日に、フランスの前々大統領サルコジの身柄が拘束された。容疑は、数年前より取り沙汰されていた、2007年の大統領選挙において、アラブの春で失脚殺害されたリビアのカダフィ大佐から、莫大な資金援助を受けていたというものである。この時の大統領選挙でサルコジは当選を果たし、1期丸5年を勤め上げた。

その3日後の23日には、韓国のこれまた前々大統領の李明博が逮捕された。容疑は、大統領への機密費の上納と、サムスンとの癒着である。たまたまであるが、こういう流れになっているのが面白い。

フランスに外国人として住むと、フランスは確かに大統領制の国なのだなと感じさせられることが、生活レベルにおいてある。どういうことかというと、大統領が誰であるかによって、行政サービスが変化する。

例えば、僕はサルコジ政権の末期に、日本のフランス大使館で学生ビザを取得した。
その時にまことしやかに言われていたのが、サルコジは移民や外国人のフランスへの流入が嫌いだから、学生ビザの取得が大変だよという噂であった。
実際、パリ第7大学への進学が7月半ばに決まってから、さあビザ取得だと思ったら、予約可能なビザの面接日が8月の末しか設定できず、面接では3週間以上発給まで待たねばならないと言われ、これでは、9月初旬の進学手続きに間に合わないと人生最大の焦りを感じたのを覚えている。それも、3週間の余裕を持って、面接日を予約してくださいと大使館が言っているのに、3週間以上前に予約しても、それ以上に待たされるという矛盾に愕然とした。
これがフランスの洗礼かと驚いたが、ビザは人に助けられて、運良く数日で発行され、急いでパリへと飛び立った。

このサルコジ政権末期の留学やフランス進学は、魔の一年であったようで、こうした日本人学生への非友好的な対応のために、交換留学にいけなくなったり、受かっていたはずの大学に進学できないといった不利益を被った人は少なくないとのことであった。

ちなみに、日本人には馴染みの深いその前のシラク大統領に比して、サルコジの日本嫌いは有名である。
そもそも、自分がハンガリー系の移民、そして母方の祖父がユダヤ人という血筋にありながら、彼は移民や「外人」が嫌いである。
そして、これを受け、仏文系の学会がありがたい対応をしてくださった。日本人学生へのビザ発給の煩雑さが「恐ろしい責め苦」であり、「病的なシステム」であるとし、改善をフランス大使館へ上申したのである。少し前の歴史史料としても面白いから是非お読みいただきたい。

そして、後を受けたオランド大統領が、2013年に訪日した際、安倍首相と共同声明を発表し、日本人への学生ビザ発給を簡素化することと、日仏相互の学術交流を活発化する約束をした。
しかし、オランド大統領も、テロや景気対策で国民の多くを納得させられないまま、自身の社会党や協同する左派陣営にまで見捨てられ、2選を目指した2017年の大統領選挙には候補にもなれず、1期で倒れた。
そして、中道右派とされるマクロン政権が誕生した。
だから今どうなっているかはわからないが、日本人学生への友好路線が踏襲されていることを願う。

このように、大統領の考え方次第で、行政サービスがガラリと変化するのがフランスである。
マクロン政権になって私は3回目のビザの更新を迎えたが、今度はビザの期限切れから、更新の面接日まで半年間またされるという最長の待ち状況に陥っている。ただし、今までは、パリの北の端のClignancourt(クリニャンクール)という危険ですごく汚い黒人移民街の中にある警察署まで出頭しなくてはならなかったのが、今回はCité universitaire(シテユニヴェルシテール)というパリの南部にある外国人学生都市の窓口に出頭せよということなので、これはいい対応かなとも思っている。

フランスは肩書き社会であるから、一口に学生といっても区別している。
語学留学の学生に対しては対応が雑で、更新はだいたい半年スパンで、繰り返しすぎると急に帰国を命じることもあるし、学部生よりも修士課程、修士よりも博士課程の方が更新期間も長く、対応も丁寧になる。こちらでは博士課程になると、駆け出し研究者だが、研究者の端くれとして先生方も国家もある程度一人前に扱ってくれる。そのほか、会社勤めをしたり、出産をしたり、国際結婚をされた方は、僕なんか以上にフランスのこういう政権ごとに変わる行政の変化を感じておられるはずである。

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