現代フランス人の宗教観と日本人の宗教観

パリには様々な新興宗教がある。そして、着実に信者を獲得していっている。天理教、幸福の科学、エホバの証人、統一教会など韓国の色々な新興宗教。

僕は人相が悪いせいか、それとも救いようのない男の雰囲気があるのか、幸いそういう類の勧誘には会わない。それでも、僕の家には、年末にエホバの証人が、日本語で勧誘の手紙を入れてくる。勧誘の手紙が日本語なのに驚くが、そもそも、なぜここの住人が日本人であると知っているのか怖くなる。管理人を疑ってみたくもなるが、気のいいおじさんだから、疑っては悪い。
エホバの証人、パリのありとあらゆるところで、ラックを立てて勧誘している。

では、こちらで日本の伝統仏教はどう受け入れられているのであろうか。くだんの友達が、創価学会に勧誘された時、僕は彼を、こちらで唯一寺を持っている、鎌倉仏教は禅宗の曹洞宗に連れて行った。
日本で知遇のある曹洞宗の老師の案内で、曹洞宗のパリの方々を知っていたから、禅も知ってねと連れて行ったのである。伝統仏教なのに珍しく、曹洞宗はパリに拠点を置いているが、これは、フランスで禅を普及した弟子丸泰仙(でしまるたいせん)老師の功績による。今フランス人が禅禅言うのは、曹洞宗の力によるところが大きい。
弟子丸老師はフランス語の著作も書かれ、知る人はMaître Deshimaru (メートル デシマル)の名を知っている。

アパルトマン建築の中にある寺に行ってみると、白人の僧侶が大勢いる。イベントの張り紙がある。ある程度所得の高そうな、白人の女性ばかりが集まっていた。男はそこまでいない。
まず、仏教の座談会があって、テーマは小難しくて参ったが、「過去現在未来の超越」であった。
猫がいて、テーマ設定が難解であったから、猫アレルギーが促進されて、鼻水ばかりが滴った。仏罰である。

道場という名前の畳の部屋に入り、流れの説明を受け、足の組み方を習い、禅を2時間ほどし、最後はアルファベットで綴られた般若心経を読む。
曹洞宗の寺なのに、日本人は僕しかおらず、白人の中でアウェー感が出ている上に、僕の一挙手一投足を皆が注目した。足は痛いし、背筋は疲れるし、「うち日蓮宗だから、題目しか知りません。」と心の中で開き直って、ひたすら目をつぶって禅をして寝そうになる。
ほぼ白人女性しかおらず、皆がただ日本人であるという理由で僕ばかり見てくるのと、実にフランス人の禅の実践者や僧侶がくそまじめなのと、般若心経をアルファベットでみんなで読むというシュールさに、時々笑いをこらえるのが大変であった。

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1 Response to 現代フランス人の宗教観と日本人の宗教観

  1. tokumei のコメント:

    >曹洞宗は、日本は神秘的で、美しく、健康的と考えているような有閑で高所得、しかし、敬虔なクリスチャンではない、白人層の注目を集めているのだと感じた。

    キリスト教の洗礼を受けたあと教会に通わなくなった人間なのですが、まるで、日本のクリスチャンそのものですね

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