フランス人の字はなぜ汚いのか?〜アヴァンギャルドか只の下手っぴか〜

はっきりと申し上げて現代フランス人の字というものはすこぶる汚い。
あの流れるような美しい筆記体の文字はもう見ることはできない。

現代日本人の文字も概して汚い。戦前の教育を礼賛するわけではないが、戦前にしっかりと教育を受けた人たちの字は、江戸の人の字とも明治の人の字とも違って我々と近いはずなのに達筆で驚くことが多い。

現代フランス人の書く多種多様の文字は、半数以上は暗号である。

日本人の日本語の文字は今や不細工だが、我々の書く個性のないブロック体のアルファベットは少なくともフランス人のそれより読みやすい。

私の字も丁寧に書くようには努めていても、恥ずかしながら美麗とは程遠いが、そこは棚に上げて、フランス人の字はどうして人が読めないほどに汚くなったのかということを考えたい。

生徒の答案用紙を集め、採点をする。その時に、生徒の文字を解読することから始めなくてはならないことは常である。崩れたMの文字、ぐじゅぐじゅの字、アルファベットの原型をとどめていない文字。達筆の人間は残念ながら、人っ子一人みていない。

教壇からノートを取る生徒を眺める。カフェでものを書く人間を眺める。面白いのが、ノートを垂直にして体をひねって横文字を書く人がたくさんいる。日本人に例えるなら日本語を縦書きする時に、ノートを横にして体を捻じ曲げて書き付けるようなものである。

この無茶苦茶な現代フランス人たちの文字に、私はうんざりしている。姿勢良く文字を書こうと習わないのか。どうして生徒のアルファベットが、外人の私より汚いんだ、勘弁してくれ。こういううんざりである。

そして、母上が国語(フランス語)教師であったフランス人の40代の仲間に「なんでフランス人の字は読めないほどに汚いんだろうか。」私はこう愚痴をこぼした。
彼女は鮮やかに「1968年の革命のせいよ。」そう答えた。

ちなみに、1968年の教育革命の結果フランス人のモラルが低下したと考えているフランス人は左翼でも多い。

彼女曰く、それまでは、小学校で、アルファベットの書き方を画一化して口うるさく綺麗に書け綺麗に書けと叩き込む形で教えてきたが、個性尊重と自由の名の下、基礎を画一化して子供に押し付けるとは何事ぞというロジックで、こういう基礎やいろはの叩き込み教育は姿を消したという。

道理で、あれ程までに、生徒たちが一人一人「個性にあふれた」汚ふらんすな字を書くのかと納得できた。そして、「アヴァンギャルドだな」と一瞬思った。

無論、画一や強制というものはつまらぬものではある。しかし、「基礎を知らないことは、果たしてアヴァンギャルドなのか?」、そう思い直して次のように考え込んでしまった。

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