フランスの選挙カーと政治家のポスター

フランスに選挙カーはない。
政治家のポスターも日本のようにはペタペタとあちこちに貼られていない。
以上。

今夏は、令和初めての夏ながら、日本では参議院選挙があるという。

日本の夏は普通なら金鳥の夏。あの蚊取り線香の煙と、風物詩の花火。江戸から続く両国の花火、鍵屋玉屋の掛け声の余韻に浸りたいところだが、今夏日本の人たちは日本人から末は観光客の外人まで、クソ暑い中暑苦しい選挙カーから連呼される候補者名や政党名、支持者への「ありがとうございます!・よろしくお願いします!」などというなんのひねりもない絶叫を聞かなくてはならないとのこと。

僕は今夏日本に帰れなくて良かったと思うし、日本の皆々様におかれましては、御愁傷の御見舞を謹んで申し上げる。

さて、フランス人の政治信条は極めて単純明快であり、各々がブレない芯を持っている。
無党派層が多くいてこれがキャスティングボードを握るなどということはあり得ず、右派左派左右中道、皆自分の立ち位置を認知しており、それに沿う支持政党を普通持っている。

日本人はこのところ、安倍政権支持改憲派、或いは反安倍護憲派を明確に意識する人間も増えてきたと思われるが、それでも日本の現政体も政党政治も選挙制度も自国の歴史の中で、自分たちの文化として作り上げたものではなく、西洋の猿真似にすぎないから、永久にこれを自分のものとして使いこなせるようになることはない。

今は参議院という、これといって究極の必要性を万人が認めることはできない衆議院のカーボンコピーが、二院中の一院として存在する。

しかし、参議院は戦前のその一院を占めた貴族院とは趣を異にする。

大雑把に言って、貴族院には、日本の歴史や伝統を一身に背負い、そこから国のあり方を思考する公家大名武家の人間や、学問的知見から国に貢献すべきと任じられる一流の学者、金持ちとして国の意思決定に参画し、国へ尽くすことを要求された多額納税者議員が日本を絶えず思考し国を導いていた。

政党政治を基調とする衆議院というものは、戦前も今の衆参と全く同じで、選挙権を持つ民衆を煽りながら支持を得て議席を獲得しなくてはならないので、常に党利党略のために政治を行い、敵の揚げ足取りに終始したように、この宿命を内包している。そしてこれは戦後日本では衆参両院のものとなった訳であり、現フランス議会も変わらない。
これとは別にポピュリズムと別個に超然とした立場で、良質な国の舵取りを行う貴族院の存在は、参議院とは打って変わって、極めて価値のあるものであったと認めざるを得ない。

無論、民衆から超然とした立場にある貴族院とその議員であるから、平等という美名的理念には反するが、ポピュリズムや粗悪な政党政治の弊害を避けるためには、その対極として対抗しうる二院制唯一の方策が貴族院なのである。

参議院は「良識の府」などという自己の存在価値を主張する精一杯の遠吠え虚しく、政党は参議院選挙で負けても困るが、勝っても衆議院ではないからそこまでの意味を見出せない。せいぜい参院選を国民の多くが政権を支持するか否かのバロメーターとして敵政党の揚げ足取りに使うか、平時は政局を混乱させようと参議院議員を使って引っ掻き回すぐらいしか用途がない。
政党助成金のために比例代表の恩恵に預かり、参議院にどうしても議席が欲しいという哀れな政党もあるが。

こんな調子だから、政党を隠して無所属で立候補させるとか、簡単に名前を書いてもらえそうな知名度勝負で有名人をぶつけてきたり、衆議院選挙に増して参議院選挙は粗悪になり、それで、悪趣味な選挙カーが候補者名を叫び、白手袋をはめて出鱈目に手を振りながら、麗しき日本の国土中を爆走する。
一種のコントと言えよう。

カテゴリー: 社会批評 パーマリンク

コメントを残す