トリエステの夜半

この酒場には立ち替わり地元民が入れ替わり、「Ciao」の言葉を元気よく交わしていく。
元気よく声をかけ挨拶をすることは実に気持ちが良く、景気が良い。

隣の女子会のお婆さんは会計をして帰る。
4席あるカウンターの左端に僕がいる。間の一席を残し、右端に洒落たメガネの老夫婦が座っている。
するとそこに40代ぐらいのカップルが来て、僕にこの席が空いているのか「Occupato? (オクパート?)」と聞いてきた。
「No」と答えると、男が座り女は立ったままである。
僕は席を譲ろうとしたが、何度もありがとうと言いながら、彼らは遠慮した。

このイタリア人の声がけの爽やかさも、イタリア人がイタリア人たる所以である。
にこやかで周りにすぐに話しかける。
良い民族だ。

会話が僕たちの間に始まる。
「よくこの店に来られるんですか?」
「僕らはスイスに住んでいるけど、二人ともトリエステの出身なんだ。」

このように、地元の人と触れ合えることは嬉しい。

彼らは僕が東京人で今はパリに住んでいることなどを知る。

彼らは去年日本に旅行をし、惚れ込んでしまい、また来年3月に日本にリトルニアーモ(Ritorniamo)して、東京大阪に絞って旅行するという。
すぐにどちらともなくInstagramを交換する。
フランスに住んでイタリアに惚れた日本の男と、スイスに住んで日本に惚れたイタリアの男女の和親条約の締結である。

彼ら曰く、「日本人はオスピタリタに溢れ、容貌が美しく、清潔で、礼儀正しく素晴らしい民族」であるとのことである。
そして、香港は気に入っていたが、「日本を知ったら香港の汚さが目について嫌いになって、もう日本にしか行かない」と言っていた。

立派なカップルだから、100人ぐらい子供を作っていただきたい。

僕はイタリア愛をとうとうと語った。
ジェノバ、フィレンツェ、ラスペッツィア、チンクエテッレ、ナポリ、ソレント、ローマ、僕が行ったイタリアの都市を列挙し、イタリアがとにかく好きなことが伝わった。

そして、「フランスより遥かに貴国が好き。」という僕の言葉は、魔法の言葉である。

欧州名物フランス悪口大会の火蓋が切って落とされる。

女が
「3回パリへ行ったけど汚いし最悪。フランス人は汚い。」
そう言うと、男は
「伊仏には長い嫌悪の歴史があるんだ。」
と付け加え、解説を始めた。
「フランス人は自分たちが一番だと思って周りを見下している。」
「スノッブである。」と。
女は同調して、
「フランス人は自分が一番で周りを見下す。」
と繰り返し、両手を腰のところにペンギンのようにさせて、伸びをした。
一種の現代ローマ人のヴィーナスの彫像のポーズである。

僕は彼らローマ人の炎にオリーブオイルをかけ続けた。

そして、男はイタリアで、フランス人がスノッブであることを表す、鼻を指で持ち上げてブタ鼻にするジェスチャーを教えてくれた。「フランス人はこうだ。」と。

僕は「ジョコンダ、ジョコンダ。」とけしかける。

女は「ジョコンダ(Gioconda モナリザ)がルーブルにあるなんて…」と僕が期待したようにイタリア人おなじみの発言をする。
こうなったら、エントラップメントのショーン・コネリーか、トーマスクラウンアフェアー(華麗なる賭け)のリメイク版のピアース・ブロスナンかに頼んで、モナリザ救出作戦を仕掛けるしかない。
ボンドが二人いればギリギリいけるかな。

男が「トリエステの次はどこに回るの?」と聞いてきた。
「2週間トリエステ。」
こう答えると彼は目を丸くさせて、「えっ」と驚きながら喜びの表情を浮かべた。そして、
「トリエステなんて新宿の大きさしかないじゃない?」
と言った。
僕は「新宿」という単語がトリエステの地元民の酒場で発せられていることが可笑しかったが、
「2、3日でちゃっと観光するのが嫌いで、その街に住んでみたいんだ。」
と解説し、トリエステ人のカップルは二人して歓喜した。

そして、「何でフランスなんかに住んでいるんだ。」と言って、「トリエステの家を貸してやるから、トリエステ大学の教員になれ」とか、「トリエステより稼ぎがいいのはミラノじゃないか」とか、「日本学科があるのは、ナポリかヴェネツィアかフィレンツェかボローニャか」と頼んでもいないのに、就職を考え始めてくれた。

そうして、
「お前がイタリアに来る時は必ず力になる。」
こう男は目に力を込めて僕に言った。

このように心を通わせた我々は、千ベロをはるかに超え、互いにプロセッコより上等のワインをご馳走しあい、日本についてやイタリアについてとりとめのない話をした。

感謝したいのは、よくぞイタリア語が無茶苦茶な僕の話を聞いてくれたことだ。
ただでさえ下手な外人の語りを聞くのは辛いのに。

彼らが常連のおかげで、僕も一品サラミのサービスに与り、21時閉店の店内に20分もオーバーして居させてもらえた。

来週、彼らがスイスから帰ってきたらもう一度ここで一緒に飲もうと誘われ、24日は、イタリアでは本当の日本食が食べられないと悩んでいる彼らのために、僕が彼らをAirBnBに招き日本食もどきを作る予定となった。

男はDavido(ダヴィド)、女はFederica(フェデリカ)。最高の二人。

こうして古代ローマ人の末裔と縄文人の末裔の僕は友情をApertivusしたのである。
ナウマンゾウを狩ってテルマエに行ってから一献するとしようか。

IMG_0563.jpeg

参考)
https://www.aperomosaik.com/blog/l-histoire-de-l-aperoles-siecles
https://fr.wikipedia.org/wiki/Apéritif

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