フランスで国鉄沿線に住む地獄 〜カリカリおばさん・カリカリおじさんとの遭遇〜

さて、僕はうんざりして、隣の女性に「日本じゃこんなことおきないね」「駅員とて会社に言われるままに答えるしかないのに、いつも怒鳴られて気の毒だよ」などと言ったら、「あなた日本人なの?」と会話が始まった。
フランス人は日本人には非常に良くしてくれる。
日本と中国の違いがわからないような人は除外しても、インテリ層ならなおの事である。

Takeshi Kitanoが好きなこの女性は、英語とスペイン語の翻訳家だと言う。
僕の身の上、映画やジャズが互いに好きなこと、などおしゃべりは続く。

彼女が6年も住むフォンテーヌブローでは、実は街のよそ者とは仲良くなれるのに、生粋の街の人とは交われないとか、いろいろ教えてくれた。

たしかに僕もそれは感じていて、家の下の馴染みのワイン屋のオーナー女性に聞いたら、ここら辺のブルジョワは、平日に飲みに繰り出し、週末は家で休むそうだ。カトリックも多そうだし、週末は、近郊の村々の小うるさいのがフォンテーヌブローに車で飲みにくるから、こういうガチャガチャするのが嫌いなブルジョワは、なるほど平日に街で飲むのかと納得したものだ。

 

そして、多分この女性はフェミニストなんだと思うが、日本の女性についてあれこれ聞かれる。
これは、僕の専門分野であり、近代化以前は離婚再婚も当たり前で、処女への抑圧のない時代だのなんだのを説明した。

 

「彼女はTu(君)で話していいか」と問い、僕は承諾する。

フランスでは、今時若者や、年寄りでさえ軽いノリの人間は、誰に対してでも最初から「Tu テュ(君)」を使ってくる。
これは、本来は砕けた人間関係や赤ん坊などに対して使える二人称であり、初対面や親しくない人や、普通は目上などには「Vous ヴ(あなた)」を使うのが礼節である。昔はおじいさんおばあさんにはこうして話したそうだ。

ただし、日本で祖父母に敬語を使わない孫が増えるのと同じで、この礼節は崩れつつあり、初対面でも目上に「Tu tu tu」の無礼者が溢れている。

しかし、男女間においては、僕のような鈍感な男は、女心が微塵もわからないから、最初はVousで距離を取っておいた方がいいというのは、僕の持論である。
女が「Tuでいいかしら」といえば、まずは、お近づきになりたいということがわかるのだから便利だし、Vousの二人称にはフランス語の礼儀とエレガンスが秘められていると思う。

いきなり「君」などと砕けて、急に距離を詰めた関係で人間関係が始まっては、野暮である。

 

あれこれ話をして、駅に着き、彼女は親切にも駅に留めてある車で送ってくれると言う。
僕は、彼女の代わりにフロントガラスとリアガラスの霜を落とした。

マニュアルのえんじ色のルノークリオをエレガントに運転する。

彼女は「近いうちにカフェでも」と僕に言い、僕は、名刺を渡した。

彼女の家は僕の家からは城を左折した広場の先にある。

「本当は一杯飲んで行きたいが、この街ではみんなしまっているね。」
「君の家から遠くないところで降ろしてくれれば歩くから、そうしてくれ。」
「どうせ同じことよ。」

などと話しながら、彼女は僕の家の下まで送ってくれた。

しかし、フランスはパリでさえ暗いのに、フォンテーヌブローは尚のことである。
街灯はほとんどなく、女の顔が四六時中判別できるほどネオンが光る東京育ちの僕に、フランスの月明かりでは女の顔はよく見えない。
ただでさえ細い目には光が入りにくい上に。

彼女は確かに頭の良さやエレガンスが香る、声の良い人であった。
しかし、顔は最後まで見えないままにお別れとなった。

彼女はマリオンといい、南フランスから来たと言う。

ほら南ではないか。
僕はフランス人では南の人間としか感性が合わないから、話も弾むわけだ。

彼女はガリア人などではない。まさしくラテンの女である。

もし、彼女と再び会うことがあれば、末摘花でないことを願う。

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