呪われた帰路がもたらしたもの

2019年8月9日の17時過ぎ、僕は馬鹿をやってしまう。
パリリヨン駅発のR線、ブルゴーニュのミジェンヌ行き列車には稀に弾丸急行がある。これはジョーカーのように通常の鈍行と並行して走っている。
車体は同じだから見分けはつかず、列車には行き先が書かれていないから、確認作業を怠らずに電車に乗らないといけない。
これが弾丸急行の場合、R線の支線へ入ってしまい、フォンテーヌブローは通らず、とてつもなく奥地までノンストップで連れていかれる。

僕はその夜、地元の友達と飲みに行く約束をしていたが、あいにくパリでの用事が長引いて、待たせては悪いと焦っていた。なにせパリからの列車は30分に一本である。
そしてパリリヨン駅に着くや否や、一分後に発車が告げられたミジェンヌ行きの列車に飛び乗った。しかし、僕はこれに弾丸急行があることを忘れていたから、発車した時に車掌のアナウンスでそれを聞いて絶望した。

これは明らかに僕のせいである。
この友人に「1時間以上は約束に遅れる」と顛末を含めSMSを打ち、彼女は「呪われた帰路 Le retour maudit ル ルトゥール モーディ」そう皮肉って来た。

フランス人というのは皮肉屋であるが、こういうクスッとイケる頓知の皮肉は、ドSの僕でも認めざるを得ず、一種言葉遊びの快楽を教えてくれる。

列車はブルゴーニュ方面へと急ぎ、猛スピードでパリ郊外を駆け抜け、小一時間してシャンパーニュ・スュール・セーヌという駅についた。ここは例のシャンパーニュ地方ではなく、フォンテーヌブローより9キロ奥へ入った森の街だそうだが、初めて降りたこの駅は、まさしく森の中、乗降客も少なく、なんでこの弾丸急行が止まるのかよくわからない駅である。

とりあえず逆方向の電車を探す。

ところがついてないことに、フォンテーヌブローへ近寄る電車は二本運休で、次の電車には一時間以上ある。国鉄おなじみの突然の運休である。

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困ったことに駅前にはバーの一つもないから、黄昏を除く暇つぶしは何もない。
実に呪われた帰路だと感じた。

仕方なくバス停に腰をかけていたら、モレ・ヴァヌー・レサブロンというフォンテーヌブローより二つ先の駅まで行ってくれるバスが来て、これに乗ってみた。
大型バスに乗客は私一人である。

民営化したら一発で消されそうな公営バスの田舎の不採算路線である。

フレンチポップスを聴きながら運転している若い運転手は、上手に地方の住宅地を大型バスですり抜けていく。
いかにも運転好きがバスの運転手になった感じがする。

30分ぐらい田舎の道を走ったら、急に出て来たのが、ブルゴーニュ地方のマスタードで有名なディジョンに少しは近い、セーヌ川上流沿いの船着場である。0.jpg

https://www.cirkwi.com/fr/circuit/56575-batellerie-et-foret

僕は、この可愛らしい舟たちが並ぶ河岸の長閑なことに驚いた。

フォンテーヌブローはセーヌ川の真横の街というわけではないからこの景色はなく、こういう川の港町もパリ郊外の田舎にはあるものかと珍しく感心した。

そして、バスは急に素敵な石橋に差し掛かった。

それは印象派の絵画の中に、似つかわしくない大型バスが戦車のように突撃するような感じではあったが、一種のアトラクションのようでもあった。

この橋の美しさを、やはり印象派の画家が描かないわけはなく、アルフレッド・シスレーが1893年に描いた絵はオルセー美術館に収められているそうだ。

Le_pont_de_Moret_-_Alfred_Sisley.jpg

Moret Seine et Loing

こんなに美しい小さな村がフォンテーヌブローの近くにあるとは知らなかった僕は、変な興奮とともに、パリ近郊の田舎は落ち着いた趣深いものだと、このヴィラージュの牧歌的な様を楽しんだ。

この村はモレ(Moret)と言うそうだ。
今度じっくり訪ねてみよう。

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