華僑の独占となりゆくフランスの煙草屋〜煙草屋の近代史〜

フランスという国は愛煙の国である。
街行く人は煙草を吹かしては投げ捨てて歩く。

ある友人は、僕の研究仲間の喫煙女子が日本で携帯灰皿を購入したのを羨み、晴れて日本でそれを買ったが、携帯灰皿に吸い殻をしまう人などまず見ない。

フランスにもないことはないのであろうが、この携帯灰皿の文化は根付かない。
また、日本は表で吸えるところが無くなってきたから、携帯灰皿は存在理由を失うであろう。

しかし、フランスの煙草は高い。昔なんぞ、「イギリスでは煙草一箱千円ですってよ」と日本ではよく言ったものだが、フランスでもそうなってしまった。
2020年の末までに煙草を一箱10ユーロにすべく、段階的に値段を釣り上げている最中のフランスにありて、2019年現在で赤のマルボロが8.8ユーロ、ゴロワーズは8.5ユーロもする。

この為、手巻き煙草にして節約したり、電子タバコに移行する人も多く、電子タバコ専門店は街に増えつつある。

煙草が高価になるということは、すなわちこれが万人の嗜好品たりえなくなることでもあり、今のフランスの若者は煙草に手を出さなくなった。フランスの若者は何を考えて、どのようなライフスタイルをするのかに関心があるので、よく私の生徒たちにも聞いてみるが、9割方非喫煙者である。
なんだか、フランスの若者も日本の若者も酒も飲まなくなったし煙草もやらないから、随分と双方の若者文化は人間臭さが抜けた一種無味無臭のクリーンさ、或いは草食化さえ感じる。
煙草をかっこいいと思っている人は皆無で、煙草のファッション性は失われ、悪趣味で臭いものとしてフランスの多くの若者にも認知されている。

今の若者なら、煙草に初めから手を出さないということで、一度有にしない限りは無が続くから苦痛もないであろうが、我々以上の壮年中高年は、煙草が安い時期に吸い始めて、これが気づいたら高級品になっているという訳だから、止めるのが苦痛である。

という私は止めるつもりは毛頭ない。
しかし、10箱買ったら1万円以上の出費になる煙草代は節約したいので、家では手巻き煙草にしているし、紙巻といえ日本から来る方などに免税店でお願いするか、何か日本から親に小包を送ってもらうときに同包してもらっている。

さて、フォンテーヌブローに住んでから、地元の煙草屋に行っても、近隣のいくつかのうち半分は華僑の煙草屋である。パリはもっと華僑率が高いと感じられるが、ある移民がある業種を独占していくということがあり、これを煙草屋に感じるのである。

フランスでは、Épicerie (エピスリー)という香辛料屋が転じて食料品店となり、田舎のよろず屋という風体で通常は深夜零時過ぎまで開いているものがあるが、みんなアラブ人がやっている。
パリのアパルトマンの管理人といったら、ポルトガル移民である。

華僑といったら、普通中華街のチャイニーズレストランか、フランス中のニセジャパニーズスシか、そういう飲食店のイメージが強いが、これがあれよあれよと言う間に煙草屋へと拡大しているのは事実である。

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2 Responses to 華僑の独占となりゆくフランスの煙草屋〜煙草屋の近代史〜

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