乳輪ママ〜フランスと日本のトップレス比較〜

乳輪ママ。夏になると思い出す。
友達のお母さんである。
齢は60弱であろうか。

一昨年の夏、友人のカップルとそのご両親と海へ行った。
アングレームから車で片道2時間ほどの大西洋である。

その日は、朝からお母さんがサンドウィッチやビール・水を用意してくれ、車もお父さんの運転で、僕ら若者は道中居眠りをしたり、至れり尽くせりの日帰り旅行であった。

その海岸は彼ら家族が小さい頃から行っているお父さんのとっておきの、知る人ぞ知る場所で、本来は遊泳のための浜ではないから、海の家もなければ、売店一つなく、ただ駐車場があるだけである。
どういう訳か、この浜には勝手知りたる夏の常連たちが詰めかけ、茂みの横の駐車場には何十台もの車がフランス式に頭から突っ込んで止まっていた。
これが日本であったなら、きっと噂の東京マガジンがやってきて、「ここが遊泳禁止なの知ってますよね?」と突撃取材され、僕らは一躍ルールを守らない悪しき市民として報じられるに違いない。

藪を越え、ビーチサンダルを砂に埋めながら砂丘を随分と登る。

眼下は待望の海である。大西洋らしい波のないエメラルドの海である。

長大な砂浜を背に、遠浅な薄緑の海はその色を濃くしながら地平線まで続く。

海は日本人には必須の自然であり、フランスの内陸にいて、最も日本人が夢見るものである。

そして、この浜は海水浴場ではないから、人為を廃した完全自然の海で、ライフセーバーの一人もいなければ、テトラポットの一つもない。人もまばらである。

我々はパラソルを打ち付け、バスタオルを敷き、陣をとった。
レジャー用のブルーシートというものが存在せず、ピクニックでも海水浴でも直尻かバスタオルというのがフランス式である。

とりあえず我々はビールで乾杯しサンドウィッチを食べ、その後日光浴をし始めたお父さんお母さんを陣へ残し海へ入った。
しかし、30メーター沖へ行ってもまだ足のつく海岸は泳ぐには適さない。僕らはじきに水浴びに飽きて、ちょっとしたスポーツをすることにした。

僕はラグビーボールを取りに陣へ走る。

陣は些か拡大しており、目視するところ、パラソル横の4メートルにお父さんがいて、2メートルにお母さん、そしてお母さんの脇にボール入れなどが置かれている。

駆け寄る僕の目にふと飛び込んで来たのはお母さんの乳輪である。どう見ても紐がないから、水着ではない。

「推定Cカップ、乳輪黒目5センチ」と頭が勝手に計算するのと同時に、「自分の体が明らかにお母さんの方へそれなりのスピードで向かっているのに、今引き返すのはおかしい!」と判断し、予定通り僕はラグビーボールの方へ突進した。

「ボール?」
本を読みながら日焼けをしているお母さんは僕に話しかける。
僕は極めて冷静に、
「はい。」
と答えた。

お父さんは海を見て黄昏れている。

その後、「水は冷たい?」などと二言三言お母さんと言葉を交わしたが、僕はお母さんの胸を淡く視界に入れつつ会話した。

フランスの店員は客がクレジットカードの暗証番号を打つ時、不自然なまでに首をそらすが、ここで変に首を背ければ、「あなたの暗証番号はみてません」というように、「お母さんの身体など見たくありません」と不自然に主張することになっても失礼かなと感じ、努めて服を着ていようといまいと関係ないという態度を装ったのである。

ボール遊びを少々し、僕らは帰陣した。
娘はAカップであることを気にしているのに、母は今以てCカップの胸を露わに雲ひとつない南中の日輪に乳輪を一層焦がしていた。

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