男の悲哀・子の悲哀

この居酒屋的日系ビストロのオーナー料理人K氏も巻き込んでタバコを吸い、長い宴は終わった。

僕は巻子が白ワインしか飲まないなどと抜かすから、それに合わせて白ワインしか飲まなかったが、駄目である。

白ワインは僕に頭痛を例外なくもたらす毒物である。この訳を家の下のシャンパン屋の親父に聞いたら、白ワインには防腐剤やらが赤ワインやシャンパンに比べたくさん入るからだと教えてくれた。

僕は頭が痛くなったり気持ち悪くなるから、酒はアル添は飲めず純米酒しか受け付けないし、ワインも有機白ワインなら美味しくガブガブ飲めるが、普通の白は駄目だから、見た目等しく自分は清純派なのだと改めて思った。

気づけば僕は終電を逃しかねない時間であった。
そして、勝手知りたるパリはアレジアにあるマルボロの実家に泊めてもらうことになった。
人の家も色々あるが、理由もわからぬままに、家を出て以来実家に距離をとってしまった長男の部屋が宛てがわれるのである。

どうせなので、マルボロとはビールで締めることにし、名も知らぬ酒場のテラスで酒とタバコを片手に今宵の新鮮な思い出の総括をする。
やはり、繰り返されるのが、嬢がキャメルをだまして子作りをしたことである。
「嬢は子に対しても失礼だ。父は欲していなかったのに。」とマルボロは言い、「ヨーグルトでもいれときゃーな。」などと僕は諦観に基づくどうでもいいことを言っている。
マルボロは続ける。
「俺の友達のクソ親父が、お袋さんに友達を孕ませて、結局二人とも欲しくなかったのに産んだ。この友達は、なんだか自分が望まれない子としてこの世に生まれたことに成長とともに感づいて、確認したらお袋が白状して、案の定そうだったと言う訳だ。クソ親父とは年に2回ぐらいしか会わないらしいし、彼は自分のアイデンティティに苦悶しているよ。だから嬢が誰でも良かったなどと言いながら、欲しくない男の子供を産むと言うことは、子に失礼なのさ。」

マルボロは、フランス人にしては珍しく、電車やバスの割り込み乗車というフランスの常識に反し列を作れるし、このように慇懃で礼儀正しい人間であるが、理論上にもこうして礼儀が組み込まれてくるという訳だから、現代フランスの傑の一人であることは間違いがない。儒家みたいな奴だ。

僕は、こうも正論を言われると「そうだよな。」以外に返す言葉はない。

人間は馬鹿ではないから、周りの雰囲気を感じたり、読み取ったりする。だから、どうせ、子キャメルもいつの日か母が父を騙して自分が作られたことに気づくのである。
この事実は、当然キャメルの身内を怒らせ、特に父キャメルは激怒しているというし、我々四人あたりまでは、周知の事実であるから、我々が内々に秘めている彼の生誕の秘密を、子キャメルが嗅ぎつけることは予測として確実のことである。

「何でパパとママは一緒に住んでいないの。」
「何で僕はこの世にいるのか。」
「何で僕の父は白人で、母はアラブ人なの。」
子キャメルよ。お前にも万人がそうであるように、自分は何者かと自問する時が来る。
アイデンティティを求めた時、お前さんは難儀であろう。
要は、この世には、望んで子作りをするものはいても、望んで生まれたものは誰一人としていないのだから腐ってはいけない。
お前は腐っても騎士の家の子故に、そのことをば誇りに、いかにして世に範を示し、この混沌たる現代フランスを導くかだけを考えれば良い。
フランスの為に生き、フランスの為にこそ死ね。

「何で私がゴッドマザーじゃないの?」などと、我々のマドンナ巻子は言ったが、マルボロがゴッドファーザー・僕が副ゴッドファーザーであると、我々はお前の親父殿に任命されている。

僕はお前が騎士として自分を認知し、そこから行動する人間になるように、ことあるごとに諭すから覚悟しておけ。

お前の父は我々二人を任命した日に祝杯を挙げたホテルリッツのバーの名刺に書きつけた我々の記念の文言とサインと僕の花押を財布に忍ばせ、巻子に見せびらかしていた。

万万一、お前が日本語を解する人間になることがあれば、きっとインターネット上のゴミ屑と化したこの記事に気づくであろう。ここに行き着けば、お前の出生の答えは書かれている。そして、なんとなしに感じていた近しき皆のお前に対する眼差しの訳を理解するであろう。
しかし、その時に、確かに父が母にはめられて出来た子ではあれど、父はその帰結に当座の雰囲気が変わるほどに、お前に対して責任を果たさんと四六時中考え、少なくともこのお前の父親の三人の親友だけはお前の味方であることを忘るるな。

お前の父、父方の家族は、自分或いは可愛い身内の男の人生をお前の母に狂わされたと思って母をば憎む。
しかし、僕ら三人は、家族でないからそこまではいかない。「仕方がない。」という日本語、「C’est la vie.」というフランス語で幾ばくか諦観のできる立場である。
僕はお前に諦めこそを教えよう。

お前は、母が父を騙してまで、どうしても欲しかった子供だから、母を当然の如く愛せ。
しかし、このフランス嫌いの日本人が、そういう好き嫌いを飛び越えて、それでも好きで仕方がないお前の父とマルボロと巻子だから、つまり人間として国籍や民族無関係に好きだというピュアな想いなのであって、父もまた極めて好人物であることは疑いようのないことである。

生まれたら生き抜くしかないのだから、学問と馬術と武術を修め、騎士として自己陶冶に励みフランス人の模範になれ。

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