タクシー運転手に怒られました。ハリルホジッチ監督解任で。 〜そして考えさせられたこと〜

フランスではハリルホジッチの解任はどのように報道されたのかというと、敬意を欠いている、スポンサーの問題が裏にある、最近プレーの質が落ちてきており、ハリルホジッチが引導を渡そうとした数名の選手との軋轢がある、ということがメインで報道された。

私が危惧するのは、日本あるいは日本人という、礼儀において高名高い国と民族が、こういう外国が不可解と感じ、また不義理であると思うような行動をすることにより、自らこの尊厳に傷をつけてしまうことである。
ハリルホジッチは、いろいろ考えがあって、今の段階では勝ちにこだわらずチームを編成してきたのに、話し合いもないまま解任され、名誉が傷つけられたと主張し、JFAを提訴までしているが、こうして、日本の名誉も傷ついたということである。

少なくとも、サッカーなどのみを通じて、日本に表面的にしか触れる機会のないアラブ移民などの人々の対日感情や対日理解に関しては、こういうことで、一気に誤解が生じれば、回復のチャンスがあまりない。これも残念なことである。

僕がチラチラ情報に触れた範囲で、今回の解任前後の論調で気になっていたのは、いつものことであるが、外人の監督では、日本人の良さがわからないという、残念な内向きの思考と論理である。

日本人が足を使ってやる競技は伝統的には蹴鞠であり、江戸時代には庶民にも広がっていたが、サッカーは日本においては裾野が広がった歴史も浅いし、プロリーグができたのも平成に入ってから。数え30歳になる、僕の子供時代は野球少年の方が断然多かった。

ましてや国際的に戦うとなれば、サッカーも含め陸上競技は黒人が一番強いに決まっているし、貧しいところからサッカー一つで代表選手になるぐらいの精神力とハングリーさを持った選手ばかりの外国チームに対し、体躯も小さく、富裕に育った日本人が挑むという構図になる。

ここで勝つために、外国を知り尽くした外国人監督を招聘しているのだから、招聘した以上は、日本人の良さを知らないなどという批判は筋違いで、一位になることなど夢のまた夢であることはわかり切っているのだから、少しでも上位に食い込めるように謙虚さと暖かさをもって外国人の監督や、日本代表を見てもいいのではないのかと思わずにいられない。少なくとも、外人じゃつまるところ日本人の体躯の特性がわからないという批判をするなら、最初から日本人の監督を使って純日本チームで挑めばいい。それはそれで、やりがいのあることである。

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