ヴェネツィア小旅行

僕には、ヴェネツィアでの第二の目的があった。
それは、夏のバーゲン期間に、買い物をすることであった。
ふらふらと偶然の一目惚れを探して歩く。

ちょうど、3年使った旅行バッグにもなるパリのジムの支給品のアルマーニの(自分ならこんなものは買わないが、日本のジム価格のフランスのジムは高級ジムになりこういう特典がつく)スポーツバッグが擦り切れたので、何かボストンバッグを買おうとしていた。

しかし、行く店行く店、イタリア名物のカバン屋や革製品の店々は中国人の経営である。

ゴンドラに乗っているのも中国人だらけである。
華僑と中国人観光客のフェスタのようだ。

フィレンツェの近くの過疎の村に、華僑が大挙して押し寄せ、そこで華僑たちの手で革製品を作り、イタリアの職人の伝統の作り方ではなく、薬品を入れ、粗悪な革製品を作るが、しかしイタリア国内で作られるためMade in Italiaになる。これを利用して世界展開を狙っているのは事実として有名な話である。

また、ナポリの名物ナポリ人形屋が並ぶサン・グレゴリオ・アルメーノ通りも、華僑の買収がはじまり、Made in Chinaの人形や、中国の電動モンチッチが売られるようになりはじめたのも皆知るところである。
フランスのボルドーのワインシャトーと同じである。

今回のヴェネツィアで、僕は、歩き疲れたのとトイレ休憩を兼てエスプレッソを飲みに入ったが、これも華僑のカフェであった。華僑のイタリアンレストランも見た。

海行かば水漬く観光客、岡行かば草むす華僑。ヴェネツィアのまこと知るためかへりみはせじ。大伴家持の麗句も虚しく崩れる。

確かに僕は船も好きだし、この街並みも好きだ。ヴェネツィアは嫌いにはなれない。ただし、キャストが全てを台無しにする。半日いればテーマパークにお腹いっぱいになるのと同じ感覚がした。

「僕はイタリア語が聞きたいんだ。イタリア人の地元の人間たちの暮らしに自分を落とし込みたいんだ。」

ヴェネツィアではなくトリエステを今回の宿泊先に選んで良かったと思いながら、本当のイタリアの匂いをヴェネツィアで何とか嗅げないかと、僕は船に乗り船中一策を練ることにした。

しかし、路地から船着場はランダムであり、意外と遠い。
やっと20分歩いて見つけた船着場で、水上バス1番線に飛び乗り、最終の船着場まで行くことにした。

もう正午は超していたが、ここで、日本人として8月15日に黙祷した。

僕は、ヴェネツィアの水上バスに乗りながら、こうして自分が優雅に外国で終戦記念日を味わえるのも、日本の先人の努力や血潮あってのことなんだな。とその時ばかりは思い返した。

この終着のLido(リド)は、ヴェネツィアのメインの島とは別の島である。
ハワイに例えれば、日本の植民地オアフ島からハワイを探してマウイ島へ行くようなものか。
「きっと本物のイタリア人たちに出会える」
そう思いながら島を変えた。

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リド島は南北12キロの細長い島で、北側が小さな空港であり、最南端はゴルフ場である。
ヴェネツィア本島とは違って車も走る。
とにかく南端へ行こうとバスに乗り南端へ行く。

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しかし、そこには何もなかった。
もう一度引き返して、南部の街場であるMalamocco(マラモッコ)まで来て、食事を取ることに決める。

そこには地元のイタリア人しかいない。
Controcorrente(コントロコッレンテ)という名の店に入る。
何から何まで感じが良い。

とりあえず水とプロセッコを注文し、ゆっくりと昼のメニューに目をやる。

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「Frittura di calamari gamberoni e verdure in Tempura」
天ぷらと銘打つメインディッシュを発見し注文する。

「イタリアにも天ぷらという日本語が上陸し定着していたか…」と感慨深く思いながら、しかし期待せずにこれを待つ。

運ばれてきたのは、天ぷらとは違う揚げ物だが、とにかくイタリア料理にまずいものなど存在しないから美味しかった。

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リド島に来て、イタリア人に囲まれながら、Tempuraとプロセッコで一杯やりながらアドリア海を見、太陽を浴び、風に吹かれる。完璧なヴェネツィア小旅行のフィナーレである。

日本人はぜひ、ヴェネツィアを観光したら、そのままリド島に逃れ、イタリアを味わってほしい。

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