2019年6月29日午後8時過ぎ。列車はBois le Roi(ボワ ル ロワ 王の森)を過ぎるところであり、不必要な停車をしている。
二階建ての列車は古い非冷房車で、窓は開閉可能なものが半分。あとは締切である。
気温は外気35度。巨大な鉄の列車の中は、サウナのようで体感は40度である。
前から数両目の1階席の半ばに腰を掛け、本を読む。
6人がけのシートには、ひと席挟んで、白髪の白人のマダムがエレガントに本を読んでいる。
最前列のシートの左の窓側に腰掛ける中年の黒人の親父が、なぜかスピーカー機能でおっ母と話し込んでいる。
私の隣のマダムが立ち上がる。
ずんずんと最前列に足を進め黒人に話しかける。
On profite tous votre conversation privée.
みんな貴方のプライベートの会話を満喫しています。
このマダムの皮肉は、私が好む類いのそれであり、マダムが私と目を合わせながら横を通り、席に着く。
一つ前のボックスシートの白人の三十半ばぐらいの女が、よくぞ注意してくれたの合図をマダムに送る。
黒人の男はより一層電話をやめない。
そしておっ母に一言。
「白人のマダムに会話を注意された。」
嫌味返しとしてはもう一捻り欲しいところだ。
私とマダムは呆れて目を合わせる。
前の三十路半ば白人も振り向いて呆れた表情をつくる。
車両の後ろの方から、黒人が一人、彼の嫌味返しに拍手をした。
私は本をマダムとの間に置き、この顛末を書き始める。
ただ今20時35分。
列車はパリ郊外をリヨン駅に向けて走る。
丁度進行方向左側の眼下には、ジプシーのキャラバン集落が見えて過ぎた。
また1分過ぎた。
ただ今20時36分。左の窓からは日没二時間前の夕陽が眩しい。