8年のフランス生活にお別れを (1) 〜アイデンティティを探して〜

また、現代にも関わらず「うちは武家である」と聞かされれば、「じゃあ武家って何なのよ」というアイデンティティの問いが強く生じる。

アイデンティティというものは、必ず歴史という過去から探さなくてはいけない。
「私は東大卒である」とか、「私は弁護士である」という類の肩書もアイデンティティにはなるが、職業や学歴などの個人的な肩書は「政治家も落選すればただの人」というように外れてしまうこともあるし、書き換えたりもできるから血肉とまでは行かずに弱いものである。

だからこうした副次的アイデンティティは「私はいったい誰なのか。」「自分はどこから来て、なんでこんな人間なんだ。」という問いの答えにはならないから、真のアイデンティティは歴史にこそ基づく。

自分の所属する民族や自分の先祖の辿った歴史というものは、書き換えることも、掻き毟ることも不可能な自分の血肉そのものなのである。

しかし、アイデンティティというのは、どんな時代においても、誰もが、強弱の差はあれど模索するように仕向けられているようで、それは江戸時代の武士でさえそうだ。
また、現代においては、フランスのように、移民社会になり、人種のメルティングポットと化した社会では、その傾向が一層強い。

平和な時代が武人としての武士の存立意義を薄めた江戸時代の武士たちは、なんとか戦国の武士に自己を投影したり、斎藤拙堂の『士道要論』が示すように、武士のあるべき姿を自問自答していた。

現代フランスでは、移民でも昔からのフランス人でも、アイデンティティを探して自分の民族性を見つめ直す人で溢れかえっている。

人はアイデンティティ形成のためにもがくようにできているらしい。

こうして、「御先祖様の思召」により、学習院の史学科に進学したが、日本を知るためにこそ、海外から日本を俯瞰して眺めて勉強したいという思いは日に日に増していった。

日本史をやる人間が海外へ出ることは、極めて珍しい。

僕は日本史や日本文学をやる人間ほど海外へ出て、下手でもいいから外国語をやり、日本を比較し俯瞰すべしと思うが、そうはならないのが島国日本である。

日本語だけでなんとかなり、史料も日本にあるとなると、日本に埋没して却って日本が分からなくなるという構造に日本史や日本文学は陥りがちであり、他方、新陳代謝の乏しい学閥の世界だから、日本史で外国へ出ることはデメリットにもなる。

僕もさんざん、「外国へ出ると就職先なくなるよ」と人々に親切心から脅かされたが、人文学で東大閥でないことは学術カーストで下で、所詮学習院であるし、江戸時代の武士ができなかった現代人の特権として、ただ外国に行きたかったから、飛び出ることを決心した。

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