8年のフランス生活にお別れを (1) 〜アイデンティティを探して〜

そして、行き先は、ヨーロッパでなくてはならなかった。

黒船来航以来、脱亜入欧の意識でヨーロッパを見上げる癖が治らず、外国語の出来ない人間に限って、何でもかんでも論法として「ヨーロッパでは」「欧米では」と軽薄に自分の意見を正当化するような腑抜けた日本に違和感のある僕は、とにかく西洋近代化の源流を見たかったのである。

また、黒船を寄越したアメリカには、ネイティブアメリカンのそれを除き、大した歴史や伝統というものがないからヨーロッパのとりわけ西欧に行きたいのだ。

本当はイギリスがよかったが、当時のイギリスはEU外からの留学生の学費が法外に高く(700万ほどと記憶している)、住んだら毎年1000万以上かかるので、イギリスの選択肢は早々に消えた。

僕は無類のイタリア好きで、イタリアマニアなのだが、ヨーロッパ主要国で学問が栄え、日本史もハイレベルで学べる国の残りがフランス・ドイツしかなく、歴史学のメッカはフランスなので、フランスに行くことにした。

そこからは、主宰した国際交流サークルで親友になった友達や、仏文の先生、史学科の先生の尽力のおかげで、日本史の人間でフランス語もできない男がフランスに日本史を学びに進学するという異例のことが成立したのであった。

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