8年のフランス生活にお別れを (2) 〜フランスの思い出〜

フランスに着いた時は、本物のフランス語に一切ついていけなかった。
耳も慣れないし、語彙力もない。

普通フランスに行く人は、フランスに興味があってフランスを行先とするのだろうが、僕の場合は、研究先がフランスになったという運命で来ただけで、フランスやフランス語、フランス文化に特段の興味もない。

そのため、妄想のイメージや憧れもなければ、さしたる感動もなく、道や乗り物などのあらゆる公共物が汚いことに閉口した。

ただ、日本を出てヨーロッパに来たことに満足し、修士課程でできた友達たちと毎晩飲みに繰り出していた。

フランスには親日家が多いことは、来てから早々に、携帯の契約などで手取り足取り世話を焼いてくれる友人たちの優しさでわかったし、彼らには十分甘えさせてもらった。
フランス人の友情とは、実に強固で、良いものである。

僕が在仏日本人の友人を少々作るようになったのは、それこそ在仏5年が過ぎた頃で、それまではフランスにいて日本人と関わっては意味がないと、日本人には寄らず寄せ付けずであった。

異国で暮らすことは容易ではないから、同じ国の人々が集って互助することは性として普通であるし、パリのように日本人が沢山いる街では、飲食業とワーキングホリデー組、あるいは駐在組を中心に日本人村が出来上がっていることが多い。

しかし、このデメリットは、語学が伸びないのと、日本にいたら到底友達にはならないような人と、日本人という理由だけで友達付き合いをすることにある。

海外に出る日本人は、日本でやっていけないから海外に出たという類の人や、日本を毛嫌いする日本人、極左運動家、新興宗教布教家も多くいて、日本の日本人とは大きく異なることが多いから、6年目ぐらいから日本人との付き合いを解禁したあとも、自分の基準としては、日本にいても友達になる日本人としか付き合わなかった。
とにかく、フランス人やベルギー人などの非日本人とのみ関わり、少々言語ができるようになり始めたら、友達の友達が友達になったり、ジャズ仲間ができたり、日本マニア・日本人フェチではない、いかにもおフランスな彼女ができたり、いろいろと交友関係も広がりだした。

「日本マニア・日本人フェチではない」という意味であるが、日本にもフランスにも、ある国籍や民族の人を専門に好み、その国の人と無条件に付き合いたいであるとか、その国の人に対して無条件に優しくする人がいる。
ある国に興味を抱いていて、その国の人に近づきたいというのは理解するが、この場合、ある人物の人となりを見て、その人格を評価するのではなく、国籍を理由に無条件に好くので、個人的にはこういう人付き合いには興味がなく、日本人フェチのような人には近寄らないようにしていた。

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