さらばパリ(2)〜地獄の引越。しかし友情。これがセ・ラ・フランス〜

僕としては、こうした諸問題を自由な言論により解決することのみが、偏らない健全な唯一の方策と思うし、現状のような言論封殺が続けば、ついぞ今まで黙っていたみんなの不満が一気に噴出した時に、極端にレイシズムに走ったり、ヒトラーみたいにみんなの鬱憤を集めて暴れる時代の寵児が出て来て、移民はみんな殺してしまおうという発想が必ず出てくると思う。実際ネオナチとかもいっぱいいるんだし。

人間には心持ちの良い偉い人もいれば、悪いことしか考えない根っからの悪人もたくさんいるわけだから、性善説は大概にしたほうがいい。

人権とは赤ん坊には等しく与えながらも、分別のつく年頃からは、当たり前に所与されるものではなく、やはり、社会を尊重する品公方正な人にのみ認められるべきである。

これは半分ジョークの極端な例としても、人の道に背く不埒な扱いを受けた被害者がただ泣き寝入りをするのではなく、不届き者は即座に切り捨て御免されて、一瞬後には死んでいるというようなピリ辛な社会もここまで堕落した社会においては悪くないかもしれない。そこまでいかなくてもすぐに罪状吟味の上、社会正義に照らし合わせモラル違反でしょっぴかれても良い。

悪さをすれば死ぬかもよぐらいの緊張感は社会の中に欲しいものである。

問題は人間の中の一体誰が、社会の正義とするところを維持し保つのかということである。

はっきりと申し上げて、品行方正に生きている人間たちというのが、明らかに服装や身のこなしで見たら分かる一定の階層の人間であることは間違いない。

またこうしたものは、昨日今日で身につくものでもない。

その階層の家々特有の観念や正義が代々の家庭教育を経ながら連綿と続かなくてはならない。

フランス人は、「Bien élevé(e) / Bien éduqué(e)=よく教育されている」という言い回しが好きで、よく使うが、文化や常識のない親から生まれた子供は、親と同じレベルにしかならないので、急に変化するということも考えにくい。連綿と自尊を教え込まれた階級といえば、フランスでは代々続いて来た貴族とかブルジョワとか慎ましき伝統的農家とか伝統家庭の家ということになってくる。

フランスでは貴族になると、ノブレスオブリージュ(Noblesse oblige)という概念を有しているが、こういう自尊心と、スノッブでも成金趣味でもない、社会での真の品格ある振る舞い方を会得しているのは貴族ぐらいのものであるとはっきりと感じる。

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さらばパリ(2)〜地獄の引越。しかし友情。これがセ・ラ・フランス〜 への2件のフィードバック

  1. H.Megumi のコメント:

    フランス式洗礼を受け乍らのお引っ越し、お疲れ様でした。
    何処に居ても何が有っても、信頼出来る友の存在は、何物にも変え難い宝物ですね。
    新しい場所での新生活、楽しんで下さい。
    <幸せな結末>UPも楽しみにしております。

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