さらばパリ(2)〜地獄の引越。しかし友情。これがセ・ラ・フランス〜

ただ、日本の貴族が古来より公家の家に百姓が和歌を習いに入門したり、長生きした町人百姓が殿様から御祝いの御目見にあずかるように、伝統文化や褒賞などを通じて民と交流するのとは違って、フランスの貴族は昔も今も貴族としか交流しないから平民から嫌われていると言う問題はある。

僕の大学で、男たちでさえ、みんながカッコいいと思っていて、オヤジなのに、女性たちがみんなうっとりしてしまうとある教授は、なるほどやはり貴族の出で、アナーキストの落書きで溢れ左派活動が目立つ我らがパリ大学において、どんなデモにもストにも参加しない、我が道を行く気品あふれた先生である。研究バカではなく、人徳と知が兼ね備わっているから、そりゃかっこいい。こういう人を研究者ではなく学者と呼ぶんだろうなと思って僕も見ている。

僕の指導教授も家柄が良いが、身のこなしがのんびりエレガントで、口調からも生まれが良いことはすぐ分かる。

しかし、家柄や社会階級とモラルの保全おいては、日本においては公家など貴族はさることながら、江戸ぐらいになるとかなり幅広い人たちによってモラルが維持されて来た。

江戸時代の教育書とか、様々な道の本を読むと面白い。

たとえば、二宮尊徳も百姓の出であるが、人徳高く、人間の鏡である。

お巡りさんをやっていた穢多たちが、勇猛に悪党どもを捕縛して、藩から永世でご褒美を得て、みんなから認められたとかいう記録も、勝海舟の親父さんの随筆で見たことがあるが、そういう人としてのあるべき姿や、使命感や正義感のようなものが、ある程度は、社会の各階層に共有されていたのだと思う。

これは、江戸時代には武士の道のみならず、心学などを通じて、商人の道や百姓の道などというように、あらゆる階層に情操教育があり品行方正の心得が求められたから、日本人は現代においても変なのを除き大多数の人間が慎ましいのかなとも思える。

また、幕末の様々な訪日外国人たちが、日本人の礼儀正しさや清潔性を褒め称えているが、徳川時代は今とは違って政体が徳治であるから、上に徳があるからこそ、民にも徳が浸透していたことも大きい。

武家は良く民を教導したと思う。

やはり、江戸時代は、職人が朝風呂浴びて酒飲んでから良い仕事をしたり、男伊達を競って彫り物を入れたり、好色一代男、好色一代女のように人間らしく微笑ましいフリーダムと、かたや極めてハイレベルなモラルの共存というバランスの良い社会であったような気がしてならない。

今とて、こじつけばかりの胡散臭いものは多いにせよ、マナー本やモラル指南書などが書店やネットに溢れる日本というものは、日本人が、人との調和を重んじる、稀有な民族であることを示している。

日本人は今後とも、江戸を見直しながら、何卒、さざれ石の巌となりて苔のむすまで、未来永劫、美徳を守り、智徳を高めながら、酒を飲んだら羽目を外したりしても、平生はきちっと自己と他者の尊厳を守り、夜は酔って道で寝てても安心安全で、昼も忘れ物はなくならないし、正直者たちが安寧に生きられる社会を継承し、人間の品位の極みというものを世界に先駆けて振起し続けていって欲しいなと思う。

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さらばパリ(2)〜地獄の引越。しかし友情。これがセ・ラ・フランス〜 への2件のフィードバック

  1. H.Megumi のコメント:

    フランス式洗礼を受け乍らのお引っ越し、お疲れ様でした。
    何処に居ても何が有っても、信頼出来る友の存在は、何物にも変え難い宝物ですね。
    新しい場所での新生活、楽しんで下さい。
    <幸せな結末>UPも楽しみにしております。

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