日本人が憧れるフランス・憧れないイタリア 〜この差がもたらす悲哀〜

日本人が憧れる国の共通項

こうして、日本人が見上げ、憧れる国にはいくつかの重要なきっかけがある。

これは、先づ白人国家であり、安政5年(1858)に修好通商条約を結んだ5カ国に入ってくる。
この5カ国はアメリカ・オランダ・ロシア・イギリス・フランスである。

しかし、蘭露は落ちる。

オランダは江戸時代の日本人にとっては唯一交流のある身近なヨーロッパであり、蘭癖の士民もたくさんいたが、幕末にはオランダはもはやヨーロッパの小国に過ぎず、覇権にすら絡んでいないことが発覚し、日本人の憧れから外れた。
オロシアはそもそも、日本人は好きではないし、江戸時代後期に日本近海をうろついて時に攻撃を加え、今もそうだが、維新後も常に南下を伺っており、日本にとっては脅威であるから、憧れの対象ではない。加えて、日露戦争でやっつけたので、見上げる対象でもない。

そして、黒船の衝撃を与えたアメリカと、イギリス、フランスは近代国家や近代軍制の模範として近代日本の兄貴分になった。

また、幕末に普仏戦争でフランスを打ち負かしたプロイセンは、日本が志した立憲君主制の国家であると同時に、軍事強国ということで、日本の憧れの対象として急上昇する。
軍事のみならず、プロイセンは医学大国でもあり、軍事良し、医学良し、立憲君主制、ということで、陸軍軍医の森鴎外がプロイセンとドイツ帝国に留学したのは必然である。フランスというわけにはいかない。

そのため、軍事的には日本陸軍は幕府陸軍と同じくフランス流にするはずであったが、ドイツ流に変更となり、日本海軍はカレーを伝えた英国流でいくこととなった。
こう考えてみると第一次大戦でドイツが青島を日本に攻略され、グアム・サイパンの南洋諸島を奪取され、第二次大戦では、連合艦隊の大和のような、英国東洋艦隊の戦艦プリンストン・ウェールズが撃沈されたというのは、弟子に師匠が殺されるような究極の皮肉である。

ただ、軍事的には弱いフランスがお役御免になったかといえばそうでもなく、フランスは法律大国であるから、民法などの研究先として重要視された。ここに、当時のフランスは芸術の都としてベルエポックを極めており、フランスに対しては芸術的な憧れが加味されることとなる。

こうして、これら日本が学ぶべきとした欧州諸国の国の学部が日本近代の高等教育機関に設立される。

英文・独文・仏文。この三本立てである。

いまだに外国語大学や外国語学部には学科として存在しても、伝統的に日本には、露文・伊文・蘭文もなければ、南蛮貿易で付き合いは長いのに、スペインの西文・ポルトガルの葡文などというのも存在しない。

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