今どき珍しカトリック美女と語らふフランスの今昔【2】 〜カトリックの人の価値観と考えに学ぶ編〜

無神論の人はどうしても、なんでもありになりがちで、歯止めがきかない。でも、日本人が持つ「どこかで御天道様御先祖様がみているぞ」というような感覚を、カトリック教徒は神との関係の中に見出して、心にモラルのブレーキを持っていることが多い。
キリスト教は最終的には何でも神が赦しちゃうから、たちが悪いのだが、一応自分の上に、人としてやってはいけないことの基準を持っているか否かは、人間の自己陶冶の上で大きい。

 

ただし、キリスト教でもイスラム教でも殉教があり、神のためにということで、テロや殺戮をしても天国に行けるという考えを起こす人もいるから、観念次第で神を持ち出して何でも正当化できてしまうという点が一神教の限界であると感じている。
そこをいくと神道と神仏混淆型日本仏教はあれしてはいけないなどという戒律もないし、正当化もくそもないし、やったら跳ね返ってくるよという教えだから理にかなっていると、僕は思う。

 

さて、フランスで今時カトリックの人なんて、彼女のように数少ない伝統主義の家の人しかいない。
こういう人は、一体どういう人なのであろうか。

 

彼女の家は両親ともに、本当のブルジョワの家庭である。先祖伝来の富裕層であるから、貴族ではないけれども家意識というのも強い。また、フランスで小馬鹿にされているNouveau Riche 【ヌーヴォーリッシュ 成金】Nouvelle Bourgeoisie【ヌーヴェルブルジョワジー 新興ブルジョワ】とは違うから、身なりも慎ましく、品が良く、麗しい。それとわかるブランド物をキラキラさせたりしないし、スノッブに気取っているわけでもない。

 

そして、カトリックの家といったら大体がブルジョワとか貴族ばかりと言われているし、事実としてそういう家柄の人が伝統主義者である。

 

ただ、実はフランス人は庶民とて日本人のように伝統を重んじる心がある。ただし、それを素直に言えない社会になってしまっただけなのである。

 

また本当は、フランス人は移民や都市の労働者を除けば、田舎の人を中心に本来は保守的な人たちである。日本と同様に農業国であるから、農家は先祖伝来の土地を耕し、そこに先祖伝来の知恵の数々を引き継ぐから、誇り高い。そして、フランスが長き歴史において、農業や文化を醸成してきたことを国全体で誇っている。

 

では国全体で自尊心が高いフランス人とはどういうものか?

 

いい例が、「あんなもの本物の城のないやつのおもちゃだ」と、パリのディズニーランドにシンデレラ城を拒絶したように、フランス人はアメリカ嫌いが露骨であるが、ヨーロッパで生きていけない人間が、アメリカやオーストラリアで土着の先住民を殺戮して作ったあちらの国家や白人など、野卑でしかないと心の中では見なしているし、僕もそれははっきり言って同感である。

 

トランプ大統領に僕は別に恨みもないが、極めて下品だなとは思う。これは差別と言われるであろうが、あれはアメリカの白人だから出てくる部類の人間だなとはっきりと思う。
あるいは、かつてオーストラリアの友人と歴史談義になった時、あなた方は白人のオーストラリアの歴史をどう思うかと尋ねたら、「先祖も歴史も恥ずかしいだけ。」と悲壮な顔で言われて、びっくりしたが、泥棒や犯罪者や貧困の極みにあった、はぐれものの白人が逃れてきて、原住民を駆逐しながらのし上がっていったという消せない歴史は、おそらく彼らのアイデンティティの中に深い影を落としているということは間違いないと思う。

 

フランス人というのはこういうものの真逆に位置しようとする人たちであることは間違いない。

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