今どき珍しカトリック美女と語らふフランスの今昔【1】 〜どうして現代白人フランス人なのに隠れキリシタンなのよ編〜

またしてもジャズのおかげで面白く美しき女に出会った。彼女は、そこそこ食えていけているドキュメンタリー映画監督で、ジャーナリストでもある。さて、気が合うので、夕食を共にし、あれこれ話をしていた。そして、お馴染みの宗教トークである。我々はもとより好奇心旺盛な人間であることに加え、社会的なことに興味があるから、日仏の比較やフランスの現状を鑑みるに、宗教トークは切っても切り離せない。

 

今回の宗教トークのきっかけは、この夏のバカンスで、彼女が、フランスから陸路歩いてスペインにあるカトリックの聖地サンティアゴ デ コンポステーラの巡礼へ行ってきたという話から始まった。巡礼のことを、フランス語ではPèlerinage【ペレリナージュ】と言い、日本の御遍路とか御伊勢参りなどの訳語にも用いられる。これは今では観光化され、信者でなくてもみんな普通に行く。

 

しかし、彼女はそういう人とは違った。ひっそりと「私カトリックなのよ。信者の仲間内を除けば、あなた以外には誰も言っていないけど。」

 

きた〜!である。僕は外人であり、フランス人の学のある人間は日本人が鷹揚な宗教観を持つことを知っているからの告解である。
しかし、社会では彼女はカトリック教徒であることを、隠して生きている。
なぜ、自由の国フランスで彼女が隠れキリシタンにならなくてはならない道理があるのであろうか?

 

イスラム教徒や、ユダヤ人は、宗教的な事由を述べて、仕事を欠席したり、職務時間中に祈りを捧げたりすることがある。イスラム教徒なら、ラマダン期間中は職務中も信徒であることを隠さず断食するし、ユダヤ人なら金曜の日没以降と土曜日は安息日で、究極には家事をすることも禁忌だから、金曜の夜と土曜日に彼らと何かをしようと思っても、彼らのためにこちらの都合を変えなくてはならない。
しかし、彼女曰くカトリックの人は、私はカトリックなので、聖なる日にお休みを頂きますとか、いついつは宗教で、などと公言することはできず、信徒であることも隠していると言う。

 

僕はなるほどねと思った。
政教分離を建前にするフランスに長く住むと、一瞬の王政復古もあったが、革命以降、公然と反カトリック、反王族、反貴族を旗印にしてきたフランスにあっては、今、人権や多様性、反差別という題目の下で、イスラム教やユダヤ教に関して何かを言うことはタブーだが、キリスト教に対してはめちゃんこにDisって良いという空気を感じるし、事実そうである。
そして、そこにこそ、伝統や歴史、文化に関する現代フランス人の自己矛盾が浮かび上がる。

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今どき珍しカトリック美女と語らふフランスの今昔【1】 〜どうして現代白人フランス人なのに隠れキリシタンなのよ編〜 への2件のフィードバック

  1. 佐藤辰嗣 のコメント:

    フランスでカトリックの方が肩身の狭い思いをしてるとは!知りませんでした、、、
    かつてカペー朝のルイ9世は「聖王ルイ」と呼ばれるほど敬虔なカトリックだったとか。
    わからないものですね。

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