今どき珍しカトリック美女と語らふフランスの今昔【3】 〜無神論と宗教みたいなベジタリアン旋風の中で編〜

さて、彼女の口からも聞かされたのが、ベジタリアンは、押し付けがましいし、「動物を食べるなんて人間の所業にあらず」とか「人でなし」とか平気で言うので、腹立つということであった。

パリに住んでいると、相当ヴェガンが増えてきて、女が圧倒的に多い気がするが、ベジタリアンらが、「動物殺すなんてありえない」とかデカデカと自分が正しいかのように独善的に言って、そうじゃない人を見下す光景にも遭遇するし、そういう言説が溢れかえっている。
「これは実に全体主義の、ベジタリアンファシズムだよね」とお互い同調した。

僕は人間も食物連鎖の中にいるので、乱獲はいけないが、各々の民族や文化の食事を尊重しながら、殺した命をありがたくいただくべきだという考えである。また、やりたいならベジタリアンをやる人がいても構わない。ただ、ベジタリアンが独善的になって押し付けがましいのが、辛いのである。

相当多くの非ベジタリアンのフランス人も同じことを言うが、公然と言うと白眼視されるので、ベジタリアン批判はタブーっぽくなってきている。

僕は朝鮮人の友達にパリで会うと、朝鮮民族は白人のプレッシャーに負けず、犬食やめんなよと毎回言っているが、僕も愛犬家だし、犬なんてかわいいけど、食用にして食ったって減らないし、フランス人がうさぎ食いまくるのと同じなんだから。そして日本人は鯨を食べましょう。最近はミニブタブームだけれど、豚だって本当はかわいいんだから。でも食べるのはしょうがない。こっちだって人間という動物なんだから。

さて、アンチカトリックの無神論者がベジタリアンという戒律を得て、独善的になることもそうだが、白人の困ったところに、自分たちの価値観を絶対と定めて押し付けてくると言うことにある。これは一神教の弊害としか思えない。

あれだけ、磔刑だの火あぶりだの魔女狩りだのしてきたくせに、今のヨーロッパ人の左派系の人は死刑廃止論者で、あたかも白人が世界の人権の庇護者で一番人間愛に満ちた存在であるかのように、この価値観を他の国へ押し付けようとしていて、腑抜けた西洋礼賛の日本人も日本の歴史やこれに裏打ちされた価値観をも吟味せずに「ヨーロッパでは」と受け売りをする。

ヨーロッパでは死刑復活論者も多いし、警察もアメリカほどではないが犯人殺すのに。

必ずフランス人と死刑について議論になった時は、自分が進歩的と思っている時点で間抜けだが、相手が進歩的知識人気取りで死刑は廃止すべきで、人間の所業ではないなどとベジタリアンみたいなことを言ってきたら、必ず僕は、「フランスよりはるかに安全で治安も良い日本においては、歴史的文化的背景から、情状酌量の余地なき残忍な殺人は死刑になるべきと言う考えが根底にあり、大多数の日本人がこれを支持しており、「多様性」に鑑み日本に内政干渉するな。」と言っている。

彼らに対しては「多様性を阻害するな」と言えばぐうの音も出ない。

こういう議論になるといつも感じるのが、白人が無神論者でさえ、未だ一神教の独善的高慢から抜け出していないことである。

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