エスターテ 〜2019年、イタリアの夏の残影〜

その後、我々は前日と同じ丘の中腹のバーへと島を変えた。
そこでは、フェデリカの友達で心理カウンセラーのマヌエラが合流し、我々は彼女の誕生日と、二週間後に結婚を控える二人を祝した。

何本も地元のスパークリングワインを空け、生ハムやチーズをたらふく食べ、他愛もない話をする。
やはり、気の合う人の周りの人とも気が合うもので、兎角、話がとめどもなく続いた。

印象に残った話がある。
来たる新婦は、
「私がこの中で一番上ね。43だもの。」
こう言った。

そして、話は晩婚の話へと流れる。

日本同様イタリアの白人たちも大学を出、職を安定させるのに時間がかかり、今時40代の初婚で溢れかえっている。
晩婚少子化がこの二つの太陽の帝国の弱体化の引き金にならないことを願いつつ、同時にこういう大人な熟した新婚さんも素敵だなと思う。

僕はディエゴと次のボトルを注文しに表から店内へ入り、「俺に奢らせろ」の応酬を繰り広げる。

イタリア人と日本人の共通点の一つには、「奢る・Invitare(インヴィターレ)」の文化があり、両国の飲食店では「俺が出す」「俺が出す」「いやいや俺だよ」の場面で溢れかえっている。

ドケチで細かい数字まで割り勘し、パーティーなど大人数の会計の際には、どっかへ姿を隠す奴もいたり、気前の良い奴が珍しい存在としてヒロイックにさえ映ってしまうフランスとは大違いである。

ダチョウ俱楽部のどうぞどうぞはイタリアの会計の場面では、「Pago io (パーゴ イオ 俺が払う)」「Pago io」「Pago io」「Grazie」に変えれば絶対流行る。

ここで無理やり上島になった僕に、幸運が訪れた。

カウンターで「Ciao!」と元気良く僕とディエゴを迎え入れた女店員に
「どこから来たの?」
こう聞かれる。
「日本」
と言うと、
「日本を旅して東京と広島が大好きなの。広島に8日間もいたのよ。」
そう愛の込もった言葉をくれる。

日本人であって外国滞在や旅先で得することは実に多い。

僕がイタリア愛を語れば、語り尽くせぬし、それを彼女の語りのように短くしても、情熱的な愛が滲み出る。

「Adoro l’Italia イタリアが大好きなんだ。」
僕は最短のイタリアへの愛の言葉を紡ぐ。
こうして僕と女店員の心と心が最短の時間と距離で堅く繋がる。


◯カウンターの前

《外にいたダヴィデは、肥後のように僕らのところへ来る。
僕はカウンターの左。ディエゴは右。その間にダヴィデが入る。
身長差は左から上島、肥後、寺門。》

女店員
「こんにちは、こんばんは、ありがとう、いただきます、おあようございます(イタリア人はHを発音できない)。」

《女店員は知っている限りの日本語を羅列し、僕へ日本愛を伝え喜ばせようとする。
僕は先日のカルメンを思い出す。》

ダヴィデ
「(体を僕の方へ半身にさせながら、カウンターに手をついて、女店員に向かって)こいつは、パリ大学で教えている日本史研究者で、イタリアが大好きで、フランスが大嫌い。でも月曜にパリに戻ってしまう。」

《僕はフェデリカもダヴィデも今や僕のイタリア版自己紹介を僕より上手くやること
に改めて感心している。》

女店員
「Come ti chiami ? (コメティキャーミ? お名前は?)」


「Yuta」
「E tu ? (エ トゥ? あなたは?)」

女店員
「Tijana (ティヤナ)」

《二人は握手をする。
僕は、そのまま女店員に連絡先を聞き、女店員はこれを教える。》


イタリアには美しい女が多いが、ティヤナは、今回の旅で、一番美しい女である。彼女は東欧からの移民であるが、イタリア語を完璧に話す、ローマ神話の女神と化したスラヴの女神である。
こんなに美しい女とイタリア語を話せるなら、僕はイタリア語の鬼神と化す。

僕はイタリアの往年の名歌手ミーナが俳優のアルベルト・ルーポと歌い、後にフランスでイタリア移民のディーヴァであるダリダがアランドロンと歌い世界的にヒットさせた「Parole, Parole」のアルベルト・ルーポのように流暢に女を口説けるようになるまで、イタリア語をマスターしなくてはならない。そう思った。

イタリア語の元祖版は、歌い始めのヴァースから情熱的で示唆的である。

Cara, cosa mi succede stasera, ti guardo ed è come la prima volta
愛し君、今宵僕の身に降りかかっていること、君を眺める、まるではじめてのように。

これは、フランス語版ではイタリアの情熱の味が全く出ておらず、メランコリックに根暗になっている。日本語版はネタで笑ってしまうものである。
しかし、ダリダはフランスで愛に悩み自殺したが、彼女はフランスではなく、太陽と愛に溢れた情熱的なイタリアに帰るべき人であったと、僕は彼女の死を残念に思う。

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