エスターテ 〜2019年、イタリアの夏の残影〜

フランスで僕は残念なことに、本気で情熱をもって、真剣に口説き落としたい女には滅多に出会わない。
2年に1回ペースである。
女を蜂の巣にする撃つべき機関銃と弾薬はあるのに、これをぶっ放す標的が5人はいなかった。

しかし、イタリアは愛と情熱の問屋であり、口説き落としたいと思う女が、蔵前や浅草橋の問屋の密度のように相当な割合で存在する。


◯カウンターの前のつづき

ティヤナ
「Sake。本物の広島のを持っているけれど、飲みたい?」

ダヴィデ
「(モノを見てもいないのに)本物じゃない!」

《ダヴィデはフェデリカともども日本酒好きで、知日派を自負するから、イタリア人が
酒と思っているものが、中華屋の偽酒であると思って、ティヤナにそれを当てはめた。》

ティヤナ
「(知日派を疑われて、少々ムキになって)本物よ!」

《そして、300ミリの広島の酒の小瓶を取ってくる。
ラベルの「純米酒」の刻印を僕に指し示す。
僕は中島誠之助のような顔をして、これを本物の酒と判定し、ダヴィデを叱りつけ
る。》


「(ダヴィデの方を向いて)本物だよ。」

《僕はティヤナの黒い美しい眼は、日本に対する審美眼でもあると確信する。》

ティヤナ
「飲みたい?」

《ダヴィデ、ディエゴ、僕の三人は即座に賛同する。》

ダヴィデ
「冷やしたほうがいいから、冷やしておいてくれる?」

《ティヤナは小瓶をビール瓶が入っている業務用冷蔵庫にしまう。》


「後で君も一緒に僕らと飲もう。」

《スパークリングワインを受け取り、支払う。》


しばらく、我々は外で飲み、その間にダヴィデが生ハムとチーズの盛り合わせを頼み、このイタリアの良質な肴が我々の酒を進ませた。
そして、次のボトルはディエゴが入れた。


◯店の外

《忙しい仕事の合間を縫って、天岩戸から、ローマ神話のロマンスと愛と魅惑の女神
スアデラと化したティヤナが、冷えた日本酒と、我々の人数6人と彼女の分のショット
グラスを持ってくる。
僕はマールスになる。
スアデラは我々に酒を注ぎ、皆で乾杯をする。そして、日本で撮りためた写真を我々に
見せ、その日本にいた時の感動が、ひしひしと我々に伝わる。
こうして、この小さなサボタージュを終えたスアデラは、天岩戸に御隠れ給う。》

ディエゴ
「Yuta、お前はこれから家族だから、いつでもトリエステに来い!必ずまた会おう!」

《僕はディエゴとハグをし、ついで、ソリデアともハグをし、二人は皆に挨拶して帰
る。宴もたけなわであり、僕は日本酒の代金を払いに店内へと行く。》

ティヤナ
「あれは売り物じゃなくて、私から。」
そう言って支払いを拒む。


彼女は日本愛から、その小さなかわいい、そして、イタリア人たちにとっては異国情緒を醸し出す小瓶を店に飾っていただけで、それを我々に出してくれたのであった。

余りにも贅沢な裏メニューである。

こうして、ティヤナというスアデラが我々にもたらした神々しい夜は暮れた。

ダヴィデ、フェデリカ、マヌエラ、僕の四人は丘を下り、誕生祝の夜会としては飲み足りないマヌエラは、彼女にとっての二次会、僕等にとっての三次会へと誘った。

僕はこれに応じたが、いたずらなフェデリカは翌朝が早いことを頑なに主張し、ダヴィデとともに帰って行った。
こうして、マヌエラと僕は海風漂うトリエステのふもとに残され、駄目押しの一杯を飲んだ。

全て女神スアデラが、この夜を差配し、僕をあざ笑ったのである。

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イタリア人の朗らかさが滲む、頼まれて撮った一枚。女神は岩戸に御隠れ給ひ、写っていない。

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