パリ VS フォンテーヌブロー (1) 〜ナイトライフかQOLか、無い物ねだりおじさんが語る〜

1.フォンテーヌブローの香り

フォンテーヌブローは、ルイ6世が創建し始めたと言われるフォンテーヌブロー城を中心とする世界遺産の街である。ルイ6世は1108年の生まれだから、日本は平安時代、奇しくも源氏物語絵巻の完成と同い年になる。

周りは全く森林で囲まれている。電車でも車でも、街を出ればすぐに王族の狩の名所であったという森になる。

しかし、フォンテーヌブローは、世界遺産だと言っても、名高いお城があるぐらいだから、歴史的に重要な場所というだけで、住む分には然程この肩書きに対する感嘆はない。

大国の覇権争いと、それにおもねりたい国々の駆け引きの場、あるいは偽善に満ち溢れた言説で溢れる国連というものにシンパシーのない僕は、近年は様々な自治体の観光誘致のブランド、あるいは政治的な駆け引きの正当性をつけるための肩書きとして世界遺産が安売りされればされる程、「世界遺産」というタイトルが陳腐化するのを感じている。

もちろんその中にも、実に、人間の歴史として共有すべき素晴らしい古文書などが含まれていることは言うまでもない。そして、原爆ドームのような絶対に忘れてはならない遺産もある。

しかし、観光目的に闇雲に申請されて通ってしまったような場所が多くなれば多くなるほど世界遺産は陳腐化するし、記憶遺産はデタラメの可能性が高く、かなり胡散臭い。

国連が認めることが何でも正しくて、何でもすごいと決めかかる単純な発想ではなく、こうして「国連認定世界遺産の街フォンテーヌブロー」の現実を、自分の目で見て、肌で感じて、歴史の香りを嗅ぎ取ってみたいと思っている。

僕はよそ者であるし、そうやって斜に構えて、距離をとってフォンテーヌブローを見ていくと、やはりこの街には、上流階級が住んできた香りを感じる。

それは、昼と夜の街の雰囲気から分かる。「小ぎれい」を基軸にこの街は回る。

平日朝、スーツとまではいかなくても、小ぎれいな格好をした会社員たちが、バスに乗り、国鉄の駅へ出、列車に乗りパリを目指す。

その間はといえば、中央のナポレオン広場には子供連れのお母さんたち。街には、これまた小ぎれいに着飾ったおばあちゃんたちがカフェを楽しんでいる。商店街にはまばらに買い物へ行く人々が出るぐらいで、平日ともなれば閑散としている。

しかし、閑散と言っても、ここは世界的に有名だと言うMBAスクールのINSEADが森のすぐそばにあり、インターナショナルスクールもあるから、中高生、大人な学生達も多い。

学校が昼時で終わる頃には、学生がどっと街に出てくる。

夕刻にパリから列車に乗れば、フォンテーヌブロー以外の駅は、所得の低い移民層が多いから、白人で小ぎれいな服装の人がほとんどフォンテーヌブローで下車する。

フォンテーヌブローは、四方の森を境界にした隔離空間のような街だなと感じる。

駅で降り、バスを待ち、中央へ帰る。あるいは駅に留めた車で家路につく。

こうして、日が落ちる頃には、アフターで、その小ぎれいなブルジョワの老若男女が繰り出してアペリティフなんぞをカフェで楽しんでいる。

INSEADでMBA取得を目指す世界各国の裕福そうな学生達も、群れをなしてアペリティフをする。街の中央の商店街には、主婦達が夕餉の買い物に出てくる。

火曜と金曜と日曜なら、朝から13時ぐらいまでは、ナポレオン広場に近隣でも名高いマルシェが立つ。とはいえ、平日のマルシェは活気がなく、日曜は方々から車で来る家族連れなんかもいて、賑わいが増す。

単身者の僕は、男1人で買い物に行くわけだが、よくよく考えると、買い物をしているのは、ほとんどは、主婦かおばあちゃんか、僕と同じぐらいあるいは30歳は超えていて、子供がいるような、落ち着いた壮中高年のカップルぐらいのもの。

すなわち、ここは単身者向けの街ではないのである。

そう見えているだけかもしれないが、若い女の単身者はこの街にある程度はいる。

きちっとした女なら普通は男より精神年齢が高いから、落ち着いたこの街を選び住み着いた、小ぎれいで若い単身風の女性達がこの街には見受けられる。

でも、単身者風の男というのはほとんど見受けられない。

買い物して料理して洗濯してアイロンかけて掃除して、仕事か遊びにパリに登り、あとは大体家で論文を書くか、時折近隣までジムに行くという、やもめジジイかオカマみたいな生活をしている僕のような男はそうは多くないらしい。

変に女子力ついたかしら。

とはいえ、ついこの間までは、僕もパリで毎晩飲みに繰り出す類の男だったのだが…

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